翌日、省吾は朝一瞬顔を出しただけであとはずっと外出していた。
奈緒は省吾から頼まれていた入力業務と書類の整理を終えると、CEO室を掃除をする事にする。
床掃除は清掃スタッフが毎日やっていたが、棚や観葉植物にはうっすらと埃が積もっている。
奈緒はそれがずっと気になっていた。
早速奈緒は拭き掃除から始めた。
観葉植物の葉についた埃を丁寧に濡れ雑巾で拭き、棚にある書類のはみ出したファイルは全て綺麗に整理し直す。
ファイルを一新すると、棚の中の乱雑さが一気に消えた。
二時間後、奈緒は部屋の中全体を見回しながらうんと頷く。
努力の甲斐あり、CEO室はかなり快適へと生まれ変わった。
奈緒が掃除を終え秘書室へ戻ると、すぐにいくつもの電話がかかってきた。
どれも省吾との面会を希望する電話だ。
最近知名度が増している省吾には、こうした電話がかなり増えている。
しかし肝心の省吾は超多忙で、その面会のやりくりをするのも至難の業だ。
時間を作ろうと思っても、今日のように丸一日いない日もかなり多く、予定が組みにくい。
そして奈緒は先日省吾からこんな事を聞いていた。
『夜ボーッとしている時に、結構いろんなアイディアが浮かぶんだよ。だから昼間はいくら忙しくてもいいけど、夜少しでもボーッと出来る時間があったらありがたいかな』
それ以降、奈緒はなるべく省吾が夜ゆったり出来るようスケジュールを組んでいた。
しかし色々な業界から引っ張りだこの省吾は、夜の会食やパーティーへの誘われる事も多い。
だからなかなか思うようにはいかない。
そこで奈緒は思い切った行動に出る。
夜の面会を希望する取引先には、昼間に変えてもらうようお願いした。
すると意外な事に、ほとんどの取引先が理解を示してくれて、昼間の時間帯へと変更してくれた。
これには奈緒も驚く。
(言ってみるもんね……)
そしてこの日も電話で夜の会食を申し込んで来た者がいた。長い付き合いのある取引先だ。
もちろん奈緒は時間の変更をお願いしてみる。
「おそれいります日村(ひむら)様、それでは来週火曜日・午前10時に一階のカフェでお待ちしております。あ、はい、パンケーキですよね。フフッ、はい、本当にフワフワですから是非お召し上がりになってみて下さい。はい、もちろんです。それでは失礼いたします」
奈緒が電話を切ると、さおりが驚いた顔をして言った。
「今のって日村ネットワークスの社長さん? あの社長さん、会食は夜じゃないと駄目だっていつも言う人だよね? なのに午前中に変更出来たの?」
「はい」
「えーっ? あの社長相当頑固ですよねー? 奈緒ちゃんたら一体どんな魔法を使ったの?」
「まさか魔法なんて……。ただ以前社長さんとお話しした内容を持ち出しただけです」
「話? 一体どんな話?」
「朝活についてです。社長さんが商談は夜に限るっていつも仰るので、朝活も結構効率いいみたいですよって話したんです」
「なるほどね。まあ確かに、深山さんの投資先のスタートアップ企業なんかは、いつも朝カフェで打ち合わせしてるもんね」
「はい。前にその事をお話ししたのを覚えていらっしゃって。で、今若者の間ではそんなのが流行っているのかとすごく興味を持たれたんです。それで朝でもいいですか? とお願いしたらあっさり」
「あのおじーちゃん社長がまさかの朝活? 凄いよ奈緒ちゃん」
「奈緒ちゃんったら日村社長を手懐けちゃって凄い! でもあのおじーちゃん、パンケーキが好きなの?」
「フフッ、好きみたいですよ。それを一番楽しみにしているみたいです」
「あの世代の人達ってさぁ、結構今流行っている物とかに敏感だよね?」
「そうそう、うちのおじーちゃんもそう。すぐスマホを最新機種に買い替えたり、テレビで話題のスイーツとかすぐ買って来るし」
「そうなんだー、かわいいー」
そこで奈緒がさおりに質問をした。
「それにしても最近凄い勢いで面会希望者が増えているんですけど、どうしてなんでしょう?」
「今さぁ、うちがサイドビジネスで始めた物流系のシステムプログラムが結構ぐんと伸びちゃってるんだよね。それで今までとは違う業界からのオファーが増えてるみたい」
「確かにロジスティクス系の会社が増えましたよね」
「それプラス、建築業界にまで殴り込みをかけるんだもん。深山さんたらどこまで貪欲なんだか」
さおりはため息を漏らす。
「深山さんの思考って、普通の人が考える領域の更に先に行ってますよねー。あの経営センスは生まれ持っての才能なんだろうなぁ」
恵子がしみじみと言う。
「日本はさぁ、これから人手不足が更に加速するでしょう? だからどの企業も必死なのよ。で、そこへ深山さんのセンスがピタリとはまっちゃうの。そりゃあもう引く手あまたな訳よ」
「確かに経営者としてのセンスは抜群ですよね。でもあんなに忙しくしていると、いつか身体を壊しそうで怖いです」
奈緒の言葉に二人も大きく頷く。
「いくら仕事が趣味だからって、あそこまでプライベートを犠牲にしているといつか本当に身体を壊すよねー」
「いくつ身体があっても足りませんよね」
「だったら先に深山さんのクローンかロボットを何体か作ればいいんじゃないですか? どうせならそっちの研究も一緒にすればいいのに」
真顔で言う恵子の言葉を聞き、奈緒とさおりは声を出して笑った。
そして翌日の朝、出社した奈緒はいつものように省吾の部屋へコーヒーを持って行った。
その際省吾にこう聞かれた。
「もしかして部屋を片付けてくれた?」
「あ、はい。昨日少し時間があったので」
「やっぱり! 部屋がすごく綺麗になっていたからびっくりしたよ。それにファイルも見やすくなってる。ありがとう、助かるよ」
省吾が気付いてくれたので奈緒は嬉しかった。
「それはそうと午後からの視察、奈緒も行ってみる? 昭和急便の物流センターなんだけど」
奈緒はいきなり呼び捨てにされたのでドキッとした。
それと同時に『現地視察』という言葉に興味を引かれる。
「物流センター?」
「そう。今うちと昭和急便が提携して進めている物流システムの現場視察なんだけど」
「面白そうですね。行ってみたいです」
「それなら一緒に行こう。奈緒も入社してもうすぐ二ヶ月経つんだ。そろそろうちの会社が外でどういう仕事をやっているのか見ておくのもいい勉強になるしね」
「はい」
「じゃあ午後三時に出掛けるから準備をしておいて。帰りはそのまま直帰になるから荷物は持って来てね」
「承知しました」
そして奈緒は一礼をしてから役員室を出た。
コメント
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省吾さんの頭脳と奈緒ちゃんの気配りで会社はうなぎ登りだね😉 でも急に奈緒呼びされたらドキッとしちゃう(/// ^///)
出来る秘書、奈緒ちゃん....👍️💕 すっかり仕事がしやすくなった省吾さん😎🎶 もう公私共に 彼女を手放せないね~( *´艸`)♡ もぉ~省吾さんったら、キャー「奈緒」だって~(///ω///) 倉庫視察という名のデート楽しみだね....👩❤️👨♥️
じいちゃんの 朝活のお供は パンケーキ ここ数年通うてる美容院で、本好きって言う理由だけで同じ美容師のおニィちゃんを指名してるんやけど、朝活してるちゅうてた。出勤前にカフェに行って、読書してるんやて。 わたしの最近の朝活はコンビニかマクドのコーヒーとエブリスタやけど、一時スタバかドトールかコンビニのイートインで資格の勉強してたのを思い出した。資格っちゅうても、どれも簡単なんばっかりやから、家で勉強せんでも、それと通勤途中の電車内だけでどうにかなったわ。大体所要時間が決まってるから、自宅でだらだらやるよりもずっと効率上がる。