テラーノベル
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昼休みの喧騒のなか、教室のドアが雑に開いた。制服すらまともに着ていない、例の“彼氏”──蓮司だった。
「……また来たよ」「こわ……」「ほんとに付き合ってんの?」
女子の囁き声が空気に混じる。
笑ってる声もあるが、どこか怯えと興奮が交じっていた。
遥は黙ったまま弁当箱の端を指でいじっていた。
笑ってもいない。怒ってもいない。
ただ、「準備していた表情」だけが顔に貼りついていた。
「おまえ、……俺のこと嫌いになった?」
蓮司の声は教室に響くには十分だった。
“ふざけてる”ように見せて、ちゃんと全員に届くような調整。
遥は、ゆっくりと顔を上げた。
「……そう思うなら、やめれば?」
「はは、それ、怒ってんの?」
蓮司が笑った。
そして遥の机の上に手をつき、片膝を乗せるような体勢で身を寄せる。
「じゃあ、さ。……みんなに聞かせてよ。
“ほんとに、付き合ってる”って」
沈黙。
遥は一度だけ、斜め後ろに座っていた日下部を見た。
見て、すぐに逸らした。
けれどその瞬間、確かに“目的”が表情に滲んだ。
「──俺の、彼氏だよ」
遥は笑った。
それは、どこか壊れた笑顔だった。
甘さも情もない。
まるで、「自分を痛めつけるために選んだ答え」だった。
空気が変わる。
教室の空気が一段階、冷たくなった。
ざわ……と女子たちの視線が動く。
「は?」「冗談でしょ」
嫉妬というよりは、“裏切られた”という怒りに似た色が混ざる。
蓮司はその反応を見て、薄く口角を上げた。
「よかった。……じゃあ、“彼氏”らしいこと、してもいいんだな」
そして、突然──遥の耳元に唇を寄せた。
「おまえさ、バカなの? ほんとに言っちゃうんだ」
囁きながら、手は遥の太ももを机の下で軽く撫でていた。
誰にも見えない角度で、遥の膝裏をなぞるように。
遥は、表情を変えずに──
「……おまえが言わせたんだろ」
日下部がそれを、見ていた。
机にしがみつくように座っている遥の両肩が、微かに震えていた。
だが誰よりも冷静だったのは蓮司だ。
誰よりも楽しんでいるのも──蓮司だった。
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