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おお、第20話読んだわ。キミカちゃんがついにマー君の異変に気づいて「稚児天狗?」って直接問い詰めるシーン、めっちゃ緊張感あって良かった。あの腕の壊死描写がえぐい…「霊的腐敗」って単語が出てきた時点で、この作品の設定の解像度の高さを感じたな。キミカちゃんの「受け入れる覚悟」って台詞、彼女のキャラをよく表してて刺さる🔥
おかしい。何かがおかしい。
深く考える間もなく、あれよあれよと言う内にマー君と一緒に稚児喰ノ山まで来てしまったけれど、これは明らかに異常だ。
一体、何が起きてるんやろう。ここ二日ほどのことで、何か重要なことを見落としているのかも知れない。
そう考え、ゴンドラに揺られながら、うちは初めて栗原さん親子と出会った時のことを思い返してみる。
そう言えばあの時、マー君の様子がおかしかった。突然、うちに土下座をし、泣いて謝って来た。
だけど、そのことをうちはさほど重く受け止めてはいなかった。外から来た人は驚くだろうが、この童ノ宮では珍しいことじゃないからだ。
感受性の高い女性や子供が突発的に不可解な言動を見せることは。
稚児憑き――。
童ノ宮に満ちる神様、稚児天狗の霊気に当てられ、自分のものではない記憶や感情に囚われる現象をそういう。
ある種の憑依現象だ。もっとも、うちら童ノ宮の氏子の間では稚児憑きは決して悪い事ではなく、短時間とは言え神様と一体化できるのだから縁起が良いとさえ考えられている。
そして、マー君は当の稚児天狗の役を演じる子役。しかも、百年に一人の天才と言われるほどの。
ミサキさんは不安そうにしていたけれど、うちにはむしろ幸先のいいスタートのように思えていた。
だけど……、ひょっとしたら違うのかも知れない。本当はそんなに単純じゃないのかも知れない。
少なくとも今のマー君はうちが知る稚児憑きとも違う。出会ったばかりでうちはマー君のことをほとんど知らないけれど。
でも、完全にマー君じゃないとも言い切れない。
何なんやろう、このモヤモヤする感じ……。
「キミカちゃん」
「はっ――、はいっ……」
思わず声が裏返った。反射的に立ち上がりそうになって、何とか踏み止まれたのは不幸中の幸いと言うべきか。
気がつけばゴンドラは動きを停止していた。開いたままのドアを指さし、マー君がまた言った。
「到着したよ山頂駅。……思ったより早く着いたね」
「えっ。あ、ああ。ホンマやね」
曖昧にそう答え立ち上がろうとして、うちは足をもつれさせていた。
バランスを崩し、グラリと頭を大きく揺さぶられた。そのせいか、軽く吐き気を覚えた。
そして、そのまま無様に横に倒れそうになって――
「……そなたはすぐに転ぶな」
か細い二本の腕がしっかりとうちの身体を抱きとめてくれた。
「マー君?」
「しゃんとせぬか、こら」
マー君の顔を見た。
うちを支えたまま、マー君はギョッとするほど厳しい表情でこっちを見上げていた。眉間に深く皺を刻み、口をへの字に結んでいた。
そこにはまた、うちの知らないマー君がいた。
「こんなところで怪我をしてはつまらぬぞ。さあ、己の足でしっかりと立てい」
「ご、ごめんなさい」
思わず、うちは謝罪していた。自分より八つも年下の、幼児と言ってもおかしくない相手に。
だけど、そうしなければいけない。そうするべきだ。
本能がそう告げていた。このマー君は――自分より遥かに格上の存在だと。絶対に怒らせてはいけない相手だと。
「あっ、ごめんね」
マー君がパチパチと瞬きをし、小さく肩をすくめる。同時にひりつくような圧と緊張感が嘘のように消え去っていた。
「キミカちゃんが危ないと思ってとっさにあの御方が飛び出してきちゃったんだ。悪気はなかったんだよ」
「……」
「怖かったよね。だけど、もう安心して。あの御方にはもうしばらくは現れないよう、お願いしておいたから」
静かに目を閉じ、うちは大きく息を吐いていた。
うちの人生は人外魔境。生き延びるためには覚悟が必要だった。
この目に見えるもの、この耳に聞こえるもの、そしてこの手に触れるもの。その全てを受け入れる覚悟を。
「……な。絶対、悪いようにはせぇへんから教えてくれへん?」
幽かに震える声でうちは訊ねていた。
背中が汗ばみ、口の中がカラカラに乾いていた。自然と膝がガタガタ震えだし、その場に崩れ落ちそうになる。
それを何とか堪えながら。
「あんたは一体、誰なん?」
目の前の男の子の小さな肩に両手を置き、うちは重ねて問いかける。
男の子の目を真正面から見すえながら。その大きくて真っ暗な瞳に吸い込まれないよう、しっかりと気を保ちながら。
「栗原マキオ君? それとも……」
そこでうちは口をつぐむ。再び緊張が込み上げ、冷や汗が流れる。
何とか気力を振り絞り――、うちは言った。
「――稚児天狗?」
ゴンドラの中を沈黙が満たす。それが数秒なのか、数分なのか。どれぐらい時間が経過したのか、うちにはよく分からなかった。
今度は男の子がため息をついた。
それから、やれやれとでも言うように小さく首を振り、ゴンドラの天井を振り仰ぐ。
「そっか。もう潮時なんだね。……そりゃそうか」
そう言って何度もうなづく男の子の目には深い疲労の色が浮かんでいた。まるでそこだけお爺さんになったみたいだった。
「本当は女の子にこんなもの見せたくなかったけれど――、仕方がないよね」
そう言って男の子がシャツの袖をめくる。
思わずうちは口に手を当てていた。悲鳴とも呻き声ともつかない、変な声が出たからだ。
男の子の腕は壊死していた。右手首の下から肘にかけて真っ黒に変色していた。そして、微かに肉が腐ったような臭いが漂う。
普通の怪我じゃないことは一目瞭然だった。
それは霊毒を浴びたことによる霊的腐敗だった。
「あんた、それっ……!」
「いいから騒がないで.平気だから」
小さく片手をあげて、男の子がうちを制する。
「やっとあいつを誘き出したのに撃ち損ねてね。その時、結構なダメージをもらっちゃった。だから、もう時間がない」
待って。ちょっと待って。
この上、まだ何かあるの?
あいつって誰のこと? 撃ち損ねたって何?
結構なダメージもらったから、もう時間がないってどう言う意味?
あぁ、ダメだこんなの耐えられない、とうちは思った。
こんなの頭がおかしくなる。
「お、お願いやから」
うちは泣き声になって言った。
「包み隠さず教えてぇや。うち、何でもするから――」
「わかった」
そう言って男の子が腕を袖に戻す。
それからもう一度ため息をつき、こう付け加えた。
「……ここからは歩きながら話そう」