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と、まあこんなことがあって――。
正直、私の気は進まなかったがマキオに三十年も昔の児童書を読み聞かせてみると、
「稚児天狗ってかっこいいねぇ! ……ぼくがおしばいで稚児天狗、やるの? やる! 絶対やる! ぼくが稚児天狗だよ! だってかっこいいもん!」
思いのほかマキオの喰いつきはよく、自分こそが主演に相応しいと鼻息荒く、片足で床を踏み鳴らして演説したのだった。
その姿があまりにも愛おしかったので、私は自分の教育方針などついぞ忘れて、「昼間お話しいただいた主演の件ですが、ぜひお受けしたく思います」という旨の一報を岡崎社長に入れたというわけ。
そして、あれよあれよといううちに――私達親子の取材旅行が決まった。
もちろん、旅行先はここ、童ノ宮。稚児天狗伝説の発祥の地であり、岡崎社長の出身地でもあるこののどかな田舎町ですごせばマキオの役作りに大きなヒントを得られるという寸法だ。
しかも、タイミングの良いことに夏の間、なかなか規模の大きいお祭りが執り行われるらしい。確か……、夏渡りの儀とか言ったっけ?
夏は一年のうちで最もエネルギーがみなぎり、あらゆる命が活発化する季節。
だけど、同時に一年で一番、腐敗が進む季節でもある。それは神道で言うところのケガレであり、時に死や病、そして禍をもたらす邪鬼を生じさせるという。
……全部、岡崎社長の受け売りで、こういったことに疎い私の感想を正直に言えば「ふーん」って感じだ。けれど、リアルにその伝承を思い描いてみると、なかなか凄惨な光景が展開される。と言うか、モンスターパニック系の映画みたいだ。
そのまま放置すれば大変なことになるということで執り行われるのが、この夏渡りの儀と言うお祭り。
お祭りと言うか、神事と言った方がしっくり来るかもしれない。稚児天狗に扮した六歳から十二歳までの氏子を中心とした、地元の子供達が稚児天狗の装束、を身にまとって街を歩き回り、擬似的に邪鬼を撃退するらしい。
何だかハロウィン逆バージョンみたいですね、と話してくれた岡崎社長に告げるとあんな百鬼夜行みたいなイベントとお稚児様を称える神聖なお祭りを一緒にするな、と 本気で怒られた。正直な所感を口にしただけなのに……。
まあ、そんなことは今はどうでもいいとして――。
目の前で歌舞伎の見栄を張ったように力強いポーズを取ったまま、固定され動かない稚児天狗の等身大フィギュアを前に私は内心、複雑な思いにとらわれるのを禁じ得なかった。
岡崎社長の言うことはもっともだし、何よりマキオがやる気を見せているのだから後戻りはできないが――やっぱり、好きにはなれない。稚児天狗が、じゃない。あの児童書、ちごてんぐ伝説シリーズの内容だ。より正確に言えば、残酷すぎる世界観が、だ。
児童書の概要をザッと言えばこんな感じだ。
昔、むかし、湯浅の里に外法と呼ばれる神通力で人びとを病や飢餓から救おうとしたお稚児さんがいました。
ある時、地獄から鬼の群れが浮き上がり、里の人々をみんな殺そうとしました。
お稚児さんは皆を守るため、仏様にお祈りして天狗に変えてもらい、鬼どもを追い払いました。そして、自らも地獄に潜り、もう二度と鬼たちがこの世に溢れないよう目光らせる神さまになったのでした。
めでたしめでたし。
……いやいや。めでたしめでたしじゃねーよ。
思わずツッコミを禁じ得なかった。私が嫌悪感を覚えたのは、この話が責任を全てお稚児さんに押しつけた構造になっている点だ。
だって、子供だよ? 多分、マキオと同じ年頃の。
外法高神通力だか超能力者だか何だか知らないけれど、そんな幼児を神さまに祭り上げて、鬼と戦わせて――挙句、地獄に沈めるなんてどうかしている。
人の心がなさすぎる。周囲の大人たちはそんなことをするぐらいなら自分達が死んだほうがマシだとなぜ思わなかったんだろう?
もし私なら――マキオを差し出すぐらいなら自分から率先して地獄に落ちる。
……あ、これはダメだ。私は小さく首を振る。
この期に及んで思考がネガティブになっている。しかも、病的だ。これを続けるとろくなことにならないのは何度も経験済みじゃないか。
#ダークファンタジー
#和風ファンタジー
#異能
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それに今は取材と言う名目があるとはいえ、今はマキオと親子水入らずの旅行中。楽しまなきゃセッティングしてくれた岡崎社長にも申し訳ない……。
私が自分の中の葛藤を鎮めようと四苦八苦していると――、出しぬけにマキオがその場から離れ、走り始めた。タタタッと足音を立てて。我が子ながらなかなかの速さで。
「ちょ、ちょっと待ってよ、マー君!」
思わず血の気が引き、慌てて後を追いかける。
マキオは途中、何度か他の宿泊客にぶつかりそうになりながらもロビーのど真ん中を軽快に駆け抜けてゆく。そして、設置されたソファーを飛び越えて――壁際で立ち止まった。
天井まで届く全面ガラス張りの壁面からは朝日がさんさんと差し込み、ロビーの絨毯を明るく照らしつけていた。マキオはそこに顔を押し付けるようにして、外の景色を見つめていた。その向こうには真夏の新緑が目鮮やかな山並みが広がっている。
確かあの山にも謂れがあるって岡崎社長が言ってたっけ。確か名前は……何だったっけ? ド忘れしてしまった。
「もう、マー君! いつも言ってるよね? いきなり、走り出したりしないでって!」
思わず大きな声が出た。窓の外を見つめている息子の両肩をつかみ、ぐるりと振り向かせていた。厳しくするのは好きじゃないけれど、マキオの安全を守るためには仕方がなかった。
だけど、振り返ったマキオの顔を見て――
「ど、どうしたのよ? お、お腹でも痛いの?」
声がうわずる。私は酷くうろたえ動揺していた。
マキオは泣いていた。声一つ立てず。少し頭をうつむかせボロボロ、ボロボロと涙をこぼして。
しかし、その顔は能面を貼り付けたような無表情で、血の気が引き真っ青だった。
こらえきれず、思わず私はマキオの小さな身体を抱きしめていた。そうしなければマキオが、私の息子がバラバラに砕け散ってしまいそうな恐怖にかられたから。
と、私の耳元でマキオが、いつもの息子とは違う口調で小さく呟く。
「――我が命を落としたのは、あの山です……」
私は息を飲む。唐突に――まるで頭の中で誰かが囁いたかのように、山の名前を思い出したからだ。
――稚児喰ノ山。
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