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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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母は、
七人に殺された。
ずっと、
そう思っていた。
母自身が、
そう書いていたから。
私は、この七人に殺されました。
でも。
十七年前の記録を、
最初から並べ直すと。
意味は、
まるで逆だった。
「水城さん」
真壁刑事が、
救急記録を机に置いた。
「この七人は」
一度、
言葉を選ぶ。
「少なくともあの日、水城千佳さんを殺してはいません」
私は顔を上げた。
「でも救急車を呼ぶのを止めた」
「高瀬さんは」
「全員、秘密を守った」
「はい」
「母は十三分間、心停止した」
「それも事実です」
「なら」
真壁が、
記録の一行を指した。
18:06 心停止。
そして。
18:19 自己心拍再開。
「蘇生したのは誰ですか」
「柿崎先生」
私は答える。
「それだけではありません」
「え?」
柿崎先生が、
静かに口を開いた。
「私は一人では助けられませんでした」
「どういうことですか」
「千佳さんは階段から落ちて」
先生は言う。
「頭部を打っていました。気道も塞がっていた」
父が続けた。
「俺が千佳の口から血を拭いた」
榊原。
「私は蘇生用の器具を取りに走った」
佐伯。
「俺は非常電源を入れた」
由紀子。
「あの人は、ずっと千佳さんの手を握っていた」
そして。
高瀬。
「高瀬さんは」
私は言った。
「救急車を止めた」
「そのあと」
柿崎先生が答える。
「胸骨圧迫を代わりました」
私は黙った。
「高瀬さんが?」
「はい」
「母を見殺しにしようとした人が?」
「人間は」
先生が言う。
「一つの行動だけでは決まりません」
高瀬は、
警察を恐れた。
秘密が露見することを恐れた。
だから救急車を止めた。
でも。
母の心臓が止まった瞬間。
自分の手で、
母を生き返らせようとした。
「三田村さんは?」
私は訊いた。
父が答えた。
「AEDを持ってきた」
七人。
全員が、
何らかの形で母の蘇生に関わっている。
「じゃあ」
私は呟いた。
「七人は母を殺したんじゃない」
むしろ。
「助けた?」
誰も、
すぐには肯定しなかった。
由紀子の病室から、
オンラインで繋いでいた音声が聞こえる。
『助けたかったわけじゃない』
「由紀子さん」
『少なくとも私は』
声は弱い。
刺された傷が、
まだ痛むのだろう。
『千佳に死なれたら困ったの』
「どうして」
『死なれたら』
由紀子は言う。
『二十九年前のことを、全部私たちのせいにされるから』
私は目を伏せた。
善意だけじゃない。
保身。
恐怖。
罪悪感。
それでも。
結果として、
七人は母を生き返らせた。
「だったら」
私は母の紙を見る。
私は、この七人に殺されました。
「これは嘘?」
由紀子は、
少し黙った。
『違う』
「でも」
『千佳が言っていた“殺された”は』
由紀子の声が低くなる。
『あの日のことじゃない』
私は息を止めた。
「じゃあ、いつ?」
『もっと長い時間』
「どういう意味」
『千佳は』
由紀子が言った。
『自分の人生を少しずつ殺されたって言ってた』
人生を。
高瀬に。
榊原に。
父に。
由紀子に。
佐伯に。
柿崎に。
三田村に。
一人ずつ。
「何をされたの」
『それぞれ違う』
「母が被害者だった?」
『被害者でもあった』
由紀子は続ける。
『でも加害者でもあった』
もう、
何度聞いたか分からない言葉。
母は、
どちらかではない。
どちらでもある。
「具体的に教えて」
私は言った。
由紀子は、
しばらく黙ったあと。
『二十九年前から始まった』
と答えた。
*
母が出産した夜。
病院で、
何かが起きた。
それはもう分かっている。
でも。
母は一人で、
赤ん坊を入れ替えたわけではなかった。
「最初に」
由紀子が言う。
『千佳から子どもを奪ったのは、柿崎先生』
柿崎先生が顔を伏せる。
病院記録を書き換えた。
母の実の子は、
死亡扱いにされた。
「次は?」
『雅彦さん』
私は父を見る。
父は黙っていた。
「父さんが何をしたの」
『千佳が連れて帰った赤ん坊を』
由紀子が言う。
『自分の子ではないと知りながら、黙った』
私は父を見る。
「知ってた?」
「途中から」
「いつ」
「お前が三歳の頃」
また、
知らないこと。
「それでも父親を続けた」
「そうだ」
「母に言わなかった?」
「言った」
「何て?」
父は苦い顔をした。
「この子を返そうと」
私は息を止めた。
母は拒否した。
「それで?」
「俺は諦めた」
父は言った。
「千佳に従った」
それを母は、
裏切りだと思った。
自分と一緒に、
嘘を背負ってくれなかった。
でも同時に。
父は、
止めることもできなかった。
「榊原さんは?」
榊原が自分で答えた。
「会社で千佳さんを黙らせた」
「何について」
「奈緒さん」
母が、
奈緒のことを訴えようとした。
榊原は、
会社を守るため止めた。
「高瀬さんは?」
「千佳さんを会社から追い出した」
「佐伯課長は?」
佐伯が答える。
「千佳さんの相談を、役所で正式な案件にしなかった」
「相談?」
「戸籍のことだ」
母は十五年以上前から、
出生記録がおかしいと訴えていた。
でも。
証拠がない。
書類上は、
すでに整っている。
「俺は」
佐伯が言う。
「面倒な家庭問題だと思って、受け流した」
その結果、
母は一人で調べ続けた。
「由紀子さんは?」
電話の向こうで、
息を吸う音。
『七回、電話を無視した』
知っている。
母が助けを求めた夜。
親友だった由紀子は、
電話に出なかった。
「三田村さんは?」
誰も答えない。
最後。
六人目。
いや。
七人の中で、
一番深く母に関わっていた男。
由紀子が言った。
『三田村は』
沈黙。
『千佳の味方だった』
「だった?」
『途中までは』
「何をしたの」
『最後に』
由紀子の声が震えた。
『千佳から澪ちゃんを奪った』
私は動けなくなった。
「私を?」
『十七年前』
「階段事故の日?」
『そのあと』
母が一度死に、
生き返った日。
もう一人の水城澪が、
救急隊到着前に消えた日。
「三田村さんが連れていった?」
『そう』
「誰を」
長い沈黙。
『分からない』
「何それ」
『どっちの澪だったのか』
由紀子が言った。
『誰にも分からなかった』
私は指先が冷たくなるのを感じた。
十二歳の少女が二人。
どちらも、
澪と呼ばれていた。
一人は残り。
一人は消えた。
三田村は、
その一人を連れていった。
「それが、ひかり?」
父が首を振った。
「違うと思っていた」
「思っていた?」
「三田村が連れていった子は」
父が言う。
「三年後に戻ってきた」
「どこへ?」
「千佳のところへ」
十五年前。
死亡通知が始まった頃。
「その子が」
私は訊く。
「十五年前に病院にいた、名前のない十四歳の女の子?」
父が頷いた。
全部が繋がる。
十七年前。
三田村が少女を連れ去る。
二年後。
その少女が、
母のそばへ戻る。
そして。
死亡通知が始まる。
「母はその子をどうしたの」
父は答えなかった。
由紀子が言う。
『名前を消した』
「また?」
『千佳は』
由紀子の声が震えた。
『あの子が戻ってきたことを、誰にも知られないようにした』
母は、
娘たちの名前を入れ替え続けた。
守るため。
隠すため。
自分のものにするため。
そして。
そのたびに、
誰かの人生を壊した。
「つまり」
私は言った。
「七人と母は」
互いに、
奪い合った。
秘密。
家族。
子ども。
名前。
仕事。
人生。
どちらが最初かなんて、
もう簡単には決められない。
「だから」
真壁刑事が言った。
「“母を殺した七人”という表現そのものが、事実を単純化している」
私は頷く。
七人は、
母を殺したのではなかった。
少なくとも、
十七年前には。
七人は、
母を生き返らせた。
そして。
母もまた、
七人を殺してはいない。
でも。
七人の人生を、
壊していった。
そのとき。
真壁のスマートフォンに、
一件の解析結果が届いた。
「水城さん」
「何ですか」
「十七年前、旧病棟から行方不明になった“水城澪”についてです」
救急要請の記録。
水城澪 十二歳。
意識不明。
頭部外傷。
搬送前に消失。
「その少女が」
真壁が続ける。
「三日後、別の病院を受診しています」
「どこで?」
「隣県です」
「名前は?」
真壁が画面を見る。
そこには、
水城澪ではない名前。
篠宮ひかりでもない。
初めて見る名前。
相原美緒。
私は息を止めた。
「美緒……?」
読み方は、
私と同じ。
みお。
漢字だけが違う。
「母親欄」
真壁が言う。
相原奈緒。
死んだはずの奈緒の娘。
私は画面を見つめる。
水城澪。
相原美緒。
同じ読み。
同じ年齢。
同じ顔かもしれない少女。
十七年前。
三田村が病院から連れ出した「澪」は、
三日後。
奈緒の娘として、
別の名前を与えられていた。
七人は、
母を殺したのではなかった。
彼らが本当にやろうとしていたのは――
母が一人の娘にまとめてしまった人生を、
それぞれの持ち主へ返すことだった。
コメント
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うわあ……一気に視点が変わる感覚、すごかったです。「七人は母を♡♡♡たのではなかった」、むしろ助けた側だったっていう反転、それだけじゃ終わらせないところが深い。それぞれが「少しずつ母の人生を♡♡♡た」っていう由紀子さんの言葉、重すぎる。それにしても最後の「相原美緒」の名前が出てきた瞬間、背筋が冷えました。同じ読みで漢字が違う、奈緒の娘として生きていた「澪」…。もうこれは全部繋がる設計なんだなって確信しました。続きが気になります。