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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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「由紀子さんが最初に書いた、本物の出生届だ」
父の言葉に、
私は動けなかった。
「ひかりさんが持ってた?」
「ああ」
「今、その出生届は?」
「ない」
「また?」
思わず声が荒くなる。
「十二年前、見たんでしょう」
「見た」
「なら何が書いてあったの」
父は黙った。
「父親は?」
「……」
「母親は?」
「澪」
「言って!」
父ではなく、
早川由紀子が答えた。
「その出生届には、母親の名前が書かれていなかった」
私は眉を寄せた。
「由紀子さんが書いたんでしょう」
「最初は書いた」
「誰を?」
「それを消されたの」
「母に?」
「違う」
由紀子は首を振る。
「あなたを産んだ人自身に」
頭が追いつかない。
「どういうこと?」
由紀子は、
さっきの手紙を指した。
この子を水城千佳に渡してください。
私の娘として残してはいけません。
「出生届を書いたあと、その人が言ったの」
由紀子は続ける。
「母親の欄を消してほしいって」
「何で?」
「追われていたから」
「誰に」
「分からない」
「またそれ?」
「本当に知らないの!」
由紀子が声を上げた。
「私だって全部知ってたわけじゃない!」
静かになる。
「分かっていたのは」
由紀子は息を整えた。
「その子を母親の戸籍に残したら、見つかるということだけ」
「私が?」
「そう」
「だから母に渡した?」
「千佳なら守れると思った」
また、
守る。
私はその言葉が嫌いになりそうだった。
「それで母は私を連れて帰った」
「ええ」
「じゃあ誘拐じゃない」
誰も答えなかった。
「産んだ人が渡してって言ったんでしょう?」
「最初はね」
由紀子の言い方で、
胸が冷えた。
「最初は?」
彼女が目を伏せる。
「三か月後、気が変わった」
「誰が」
「あなたを産んだ人」
私は息を止めた。
「返してって?」
「そう」
「母に?」
「何度も」
「母は?」
由紀子は答えない。
分かった。
「返さなかったんだ」
「……ええ」
「どうして」
「千佳は言った」
由紀子は、
二十九年前の母の声を再現するように言う。
「もう、この子は私の娘だから」
胸の奥が痛んだ。
「でも、本当のお母さんが返してって」
「千佳は拒んだ」
「それって」
言葉が詰まる。
最初は託された。
でも、
返してほしいと言われても返さなかった。
「誘拐じゃないの?」
真壁刑事が慎重に言った。
「法的評価は当時の経緯や親権関係、事実関係を確認しないと断定できません」
「でも普通に考えたら」
私は真壁を見る。
「人の赤ちゃんを返さなかった」
誰も否定できなかった。
父が言う。
「千佳にも理由があった」
私は振り返る。
「また守るため?」
「そうだ」
笑いそうになった。
「便利だね、その言葉」
「澪」
「人を選んでも守るため。出生届を偽造しても守るため。他人の子を返さなくても守るため」
父は黙った。
「母なら何をしても許されるの?」
「許されない」
由紀子が言った。
私は彼女を見る。
「私は千佳を許さなかった」
二十年間の絶縁。
「でも、あなたを産んだ人も安全じゃなかった」
「どういう意味?」
「返してほしいと言い始めた頃から、様子がおかしくなった」
「何が?」
「誰かに監視されてると言ってた」
「死亡通知の人?」
「分からない」
「その人は今どこにいるんです」
由紀子が黙る。
「生きてる?」
返事がない。
「死んだ?」
「分からない」
私は机を叩いた。
「どうして何も分からないの!」
「消えたからよ!」
由紀子も立ち上がった。
「あなたが六か月のとき、突然いなくなった!」
「行方不明?」
「ええ」
「警察には?」
「届けられなかった」
「どうして!」
「存在しない人だったから」
私は止まった。
「……何?」
「本名も住所も、全部偽物だった」
由紀子が言う。
「だから出生届にも本当の母親の名前を残せなかった」
「じゃあ、由紀子さんは」
声が震える。
「私を産んだ人の本当の名前すら知らない?」
「知らない」
私は椅子へ座った。
自分の母親を知る手掛かりだと思った。
でも、
名前すらない。
「だったら、本物の出生届って何なの」
父が答えた。
「名前じゃない」
「じゃあ何」
「証拠だ」
「何の?」
父は私を見る。
「千佳が、お前を産んでいないことの」
それだけ。
それだけのために、
二十九年間、
母は出生届を隠し続けた。
「ひかりさんは、どこでそれを手に入れたの」
「千佳の部屋だ」
「十二年前?」
「ああ」
「だから母から逃げた?」
父は頷く。
「ひかりは出生届を見て、千佳が子どもを盗んだと思った」
「私を?」
「違う」
「じゃあ」
父は少し迷った。
「自分をだ」
私は意味が分からなかった。
「ひかりさんが?」
「ああ」
「どうして私の出生届を見て、自分が盗まれたと思うの」
父が口を閉じた。
由紀子の顔も変わる。
「何?」
誰も答えない。
私は二人を見比べる。
「まだ何かあるの?」
父がようやく言った。
「出生届の裏に写真が貼ってあった」
「誰の?」
「赤ん坊」
「私?」
「分からない」
「じゃあ何でひかりさんは自分だと思ったの」
父の声が低くなる。
「赤ん坊の足に痣があった」
私は自分の足を見る。
何もない。
「ひかりにも同じ痣があった」
「じゃあ、出生届の赤ちゃんはひかりさん?」
「そう思った」
私は混乱する。
私の本物の出生届。
そこに、
ひかりと同じ痣を持つ赤ん坊。
「だったら」
私は言った。
「母が連れて帰ったのは、私じゃなくてひかりさんだった?」
誰も答えない。
「じゃあ私はいつ水城家に来たの?」
沈黙。
最悪の疑問だった。
私は二十九年間、
母が病院から連れて帰った赤ん坊が自分だと思っていた。
でも、
それすら違う?
由紀子が小さく言った。
「だから千佳は、名前を入れ替え続けたの」
「私とひかりさんを?」
「それだけじゃない」
「三人?」
由紀子は頷いた。
「篠宮恵美の娘も含めて」
また三人。
私は頭を抱えた。
「母は何がしたかったの」
「一人を隠すため」
由紀子が言った。
「三人の名前を動かし続けた」
「誰を隠したの?」
由紀子は私を見る。
「それが分からないから、みんな死んでるのよ」
そのとき、
テーブルの上の四枚目の死亡通知が、
突然、
黒く変色した。
端からではない。
中央から。
焦げたような丸い跡。
「何これ」
父が立ち上がる。
赤い文字が浮かぶ。
四人目。
続いて、
真実を一つ話した。
そして。
死亡条件を変更します。
早川由紀子。
死亡予定日。
九月九日。
死因。
焼死。
その「焼死」の文字だけが消えた。
代わりに、
新しい文字。
死亡方法 自由。
由紀子の顔から血の気が引いた。
「自由って……」
真壁がすぐに通知を証拠袋へ入れようとする。
由紀子が先に奪った。
「早川さん!」
「もういい」
「何をするんです」
由紀子は台所へ向かった。
ガスコンロの火をつける。
「やめて!」
私は追う。
由紀子は死亡通知の端を、
炎へ近づけた。
「何してるの!」
「二十年前」
由紀子は言った。
「千佳に言われたことがある」
紙の端に火が移る。
「死亡通知なんて、ただの紙だって」
火が広がる。
「怖がるから、人を殺すんだって」
私は手を伸ばす。
「証拠です!」
由紀子は離さなかった。
「なら、私は怖がらない」
四枚目が燃える。
黒い縁が、
赤い文字が、
早川由紀子という名前が、
炎の中で消えていく。
「由紀子さん!」
最後の一片まで、
彼女は見つめていた。
そして、
灰になった死亡通知を流し台へ落とした。
「これで」
由紀子が言った。
「四人目は終わりよ」
その瞬間。
私のスマートフォンが震えた。
画像が一枚届いた。
燃えている四枚目の死亡通知。
今、
この部屋で撮った写真。
私は振り返る。
誰もスマートフォンを構えていない。
送信者は不明。
その下に一文。
燃やしても、死亡日時は消えません。
私は灰を見る。
黒い紙の破片。
そこに、
あり得ないものが浮かんでいた。
赤い数字。
09/09 23:40
死亡通知は燃えた。
でも、
死亡日時だけが、
灰の上に残っていた。
コメント
1件
うわ……この話、重すぎる。涙が出そうになった。 出生届の母親の欄が消されてるってだけで衝撃なのに、「返してほしいと言われても返さなかった」って……千佳さんの「もう、この子は私の娘だから」って台詞、愛情とも執着ともつかない感じがすごく生々しかった。 そして、ひかりさんと澪さん、どっちが本当に連れ帰られた子なのか——「足の痣」の伏線がここで効いてくるとは思わなかった。三人の名前を入れ替え続けたっていうのも、もう眩暈がする。 最後の死亡通知の変色と、由紀子さんが自ら燃やすシーンは鳥肌が立った。「燃やしても死亡日時は消えません」って……この物語、本当に一枚一枚が丁寧に伏線を張ってて、読むたびにゾワッとする。続きが気になる……!