テラーノベル
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四枚目の死亡通知は、
燃えた。
早川由紀子の名前も、
九月九日という日付も、
焼死という死因も。
全部、
灰になった。
それなのに。
流し台の中。
黒い灰の上に、
赤い数字だけが残っている。
09/09 23:40
「触らないで」
真壁刑事が私を止めた。
「でも、これ……」
灰だ。
紙ではない。
文字を書けるものなんて、
何も残っていない。
なのに数字だけが見える。
由紀子が言った。
「偶然よ」
声は震えていた。
「燃え残りが、そう見えるだけ」
「赤いですよ」
「印刷のインクが残ったんでしょう」
自分に言い聞かせている。
私は分かった。
さっきまで、
死亡通知なんてただの紙
と言っていた人が、
一番その紙を怖がっている。
真壁が灰を証拠袋へ移した。
赤い数字は崩れた。
今度こそ消えた。
「ほら」
由紀子が言う。
「なくなった」
私は何も答えなかった。
*
午前八時十九分。
由紀子には再び病院へ戻ってもらうことになった。
火事で煙を吸っている。
死亡通知まで燃やした。
一人にするわけにはいかない。
父も警察の保護下へ戻る。
玄関で、
由紀子が私を呼び止めた。
「澪ちゃん」
「何ですか」
「さっきの話」
「私を産んだ人?」
由紀子は頷いた。
「千佳があなたを誘拐したかって訊いたでしょう」
「はい」
「私はずっと、誘拐だと思ってた」
「でも最初は託された」
「そう」
「途中で返してほしいと言われたのに、母が返さなかった」
「そう」
由紀子は私を見る。
「だから千佳を恨んだ」
二十年間。
「でも最近になって」
「何ですか」
「分からなくなった」
「何が?」
「本当に返してほしかったのか」
私は眉を寄せた。
「返してって連絡が来たんでしょう」
「声だけなの」
「電話?」
「ええ」
「本人だった?」
由紀子が首を振った。
「一度も顔を見ていない」
嫌な予感がした。
「手紙は?」
「来た」
「筆跡は?」
「比べるものがなかった」
また、
誰かが他人の名前を使う。
母の名前。
私の名前。
父の名前。
「母に『子どもを返せ』と言った人も」
私は言った。
「本当の母親じゃなかった可能性がある?」
「ある」
なら。
母は、
誰かの子を奪ったのではなく、
誰かから子どもを守るため、
返さなかった可能性もある。
だからといって、
出生届を偽造したことは消えない。
「母は知ってたんですか」
「何を?」
「返してって言ってる人が偽物かもしれないって」
由紀子は少し考えた。
「たぶん」
「だから返さなかった?」
「それだけじゃない」
「じゃあ?」
由紀子は答えなかった。
「九月九日までに話してください」
私は言った。
由紀子の顔が強張る。
「死亡通知を信じてるの?」
「信じてません」
「なら」
「でも、死ぬ人がいることは信じてる」
高瀬。
久我。
篠宮恵美。
紙に力がなくても、
紙を信じて殺そうとする人間がいる。
「だから九月九日までに、全部聞きます」
由紀子は小さく笑った。
「千佳に似てきたわね」
「それ、褒めてます?」
「全然」
初めて、
少しだけ普通の会話ができた。
*
午後一時。
私は市役所へ戻った。
仕事をするためではない。
真壁から頼まれ、
十五年前と現在の死亡情報へのアクセス履歴を確認するためだった。
佐伯課長が会議室で待っている。
「早川さんは?」
「病院です」
「通知は?」
「燃やしました」
佐伯が目を見開く。
「燃やした?」
「本人が」
「それで?」
「灰になりました」
私は一度言葉を切った。
「日付以外は」
佐伯の表情が固まった。
「どういう意味だ」
説明した。
赤い数字。
09/09 23:40。
「そんな馬鹿な」
「私もそう思います」
パソコンを開く。
「死亡通知がなくなったなら、役所側の情報も消えてるか確認します」
高瀬のとき。
本人が死ぬ前から、
未来の死亡情報が登録されていた。
榊原も。
父も。
なら由紀子も。
検索する。
早川由紀子。
私は息を止めた。
「課長」
「どうした」
画面を指す。
死亡情報がある。
死亡年月日。
九月九日。
死亡時刻。
23時40分。
「通知と同じ……」
死亡場所。
水城千佳旧居。
そして死因。
私は眉を寄せた。
「変わってる」
「何が?」
死亡通知には、
最初は焼死。
燃やした直前、
死亡方法 自由
に変わった。
でも役所の登録情報では、
死因が一つに決まっている。
刺創による失血死。
「刺される?」
父の通知と同じ。
父は刺殺予定だった。
でも死ななかった。
今度は、
その死因が由紀子へ移っている。
「誰かが更新したのか」
佐伯がアクセス履歴を開く。
更新日時。
今朝。
死亡通知を燃やした、
十二分後。
使用された職員ID。
私は見る。
また、
水城澪。
「私じゃない」
「分かってる」
「その時間、母の家にいました」
「真壁さんも証明できる」
でも、
もう一つ表示されている。
端末番号。
私は固まった。
「これ……」
「知ってる端末か?」
知っている。
毎日使ってきた。
「私の席です」
誰かが、
私の職員IDを使っただけではない。
私の机のパソコンから、
由紀子の死亡情報を書き換えた。
「防犯カメラ」
私は立ち上がった。
「その時間、誰が私の席にいたか確認すれば」
佐伯が電話をかける。
数分後。
映像が届いた。
午前八時三十七分。
戸籍課。
まだ始業前。
職員は数人しかいない。
私の席。
誰も座っていない。
八時三十八分。
画面が勝手に点く。
マウスポインターが動く。
「遠隔操作?」
佐伯が呟く。
八時三十九分。
死亡情報が入力されていく。
早川由紀子。
九月九日。
二十三時四十分。
刺創による失血死。
そして、
登録完了。
誰も、
パソコンに触れていない。
「外部から侵入された?」
「調べないと分からない」
私は映像を見続けた。
登録が終わる。
画面が消える。
その直前。
一瞬だけ、
メモ帳が開いた。
一行。
文字が入力される。
私は映像を止めた。
拡大する。
燃やしても無駄。
その下。
約束は紙に書いてあるんじゃない。
そして、
もう一行。
人間の中に書いてある。
背中が冷たくなる。
「人間の中……?」
佐伯が呟く。
そのとき、
私のスマートフォンが鳴った。
由紀子。
「もしもし」
『澪ちゃん』
声が震えている。
「どうしました?」
『通知が』
「燃やしたでしょう」
『違う』
「何が?」
『戻ってきた』
私は立ち上がった。
「どこに?」
『病室』
「同じ通知?」
『違うの』
由紀子が泣き始める。
『紙じゃない』
意味が分からない。
「じゃあ何ですか」
電話の向こうで、
由紀子が言った。
『腕』
私は息を止めた。
『私の腕に』
「何が?」
『日付が出てる』
九月九日。
午後十一時四十分。
四枚目の死亡通知は、
確かに燃やした。
紙は、
もう存在しない。
それでも、
死亡日時は――
消えていなかった。
コメント
1件
うわあ、このエピソード、めちゃくちゃ不気味で引き込まれました……。紙を燃やしても消えない「約束」、しかも人間の中に書いてあるっていう概念、ゾッとしますね。由紀子の腕に日付が浮かぶラストも、SF的な怖さとミステリーの巧妙さが合わさってて、鳥肌立ちました。市役所のデータベースが遠隔操作される場面も、現実のシステムを舞台にしてるからこそリアルで怖い。そして「刺創による失血死」って死因が入れ替わってるのも、父のケースとリンクしてて背筋が冷えました。続きがすごく気になる……!
350
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#王子
すっこ
173
#主人公最強
杯雪乃
1,309