テラーノベル
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その日、花梨は残業していた。
事務作業をしながら、浜田の物件を案内した京極のことを考えていた。
(うーん、あの人にはやっぱり買ってほしくない。代わりに、いい人はいないかなぁ?)
花梨は、新たに問い合わせメールが届いていないかをチェックした。
すると、夕方以降に問い合わせが来ていることに気づく。
二件とも建売販売を主とする建築会社からのメールで、業者買い取りを希望しているようだった。
業者買い取りになると、販売価格は値引きされる可能性があるし、家は取り壊して更地になってから再び家が建てられる。
花梨にとって、業者買い取りはあくまでも物件が売れなかった時の最終手段であり、今の時点でその話に乗るつもりはなかった。
(はぁ~、そううまくはいかないかぁ……。もっといいご縁が飛び込んでこないかしら? まあ、まだ売り出して数日だし、焦りすぎも良くないわね)
そう思いパソコンを閉じようとした時、一件のメールが飛び込んできた。
送り主は、一ノ瀬俊(いちのせしゅん)という男性で、飲食店プロデューサーをしている人物だった。
(また、飲食店プロデューサー? なんでこんなのばっかりなの!)
そう思いながらも、花梨は問い合わせメールに目を通した。すると、こんなことが書かれていた。
【和食の創作料理店を営む知人が、新たな店舗用地を探しています。できれば静かな住宅街で、古民家をそのまま生かせるような物件を探していたところ、こちらを拝見しました。よろしければ、一度内見させていただけますでしょうか?】
(えっ? 古民家をそのまま? 嘘っ! 最高じゃない!)
花梨は急に目の輝きを取り戻し、慌てて返信メールを送った。
その時、営業第二課の入口のドアが開き、誰かが入ってきた。
入って来たのは柊だった。
「課長! 今日は直帰だったんじゃ?」
「うん、ちょっとやり残したことがあってね。まだ残業してたのか?」
「あ……はい」
「今日の件、メールで見たぞ。散々だったみたいだな」
「ええ、期待していただけに残念です……。古民家を店舗にしてくれるならいいかなと思ったんですが、そう簡単にはいかなくて……」
「ははっ、まあ、焦るな。まだ売り出したばかりなんだから」
「それはそうですけど……」
花梨の呟きをよそに、柊は上着を椅子に掛けると、腰を下ろしてノートパソコンを開いた。
そこで花梨は続ける。
「実はたった今、別の問い合わせが入ったんです。課長! ちょっとこれを見てください!」
花梨がノートパソコンを指差したので、柊は立ち上がって花梨のそばまで来ると、左手をスラックスのポケットに入れたまま右手を机につき、彼女のパソコンを覗き込んだ。
思いのほか二人の顔が近づいたので、花梨は一瞬ドキッとした。
(わ! 近っ!)
問い合わせメールを見ながら、柊が花梨に尋ねた。
「これは?」
「新たな問い合わせです。今度は、期待できると思いませんか?」
「そうだな……一ノ瀬俊……か」
柊はそう言って、ポケットから携帯を取り出すと、『一ノ瀬俊』という男性について調べ始めた。
「聞いたことがある名前だと思ったが、彼も有名な飲食店プロデューサーなんだね」
「そうなんです。東京タワーの近くの人気店、私、昔行ったことがあるんですが、そこも彼がプロデュースしたみたいで驚きました」
「東京タワーの? そんな洒落た場所に誰と行ったんだ?」
突然プライベートに踏み込まれたので、花梨は驚いた。
「誰とって……それが何か?」
「うん、だから誰と行ったんだ?」
「え? プライベートのことを、上司に言う必要あります?」
「答えられないのか? もしや、別れた恋人か?」
その言葉に、花梨は思わず笑った。
「卓也は、そんなムードのある店には連れて行ってくれませんよ」
「じゃあ誰と行ったんだ?」
「課長、しつこいですね……一緒に行ったのは、大学時代の女友達とです」
「なんだ、そうか……」
ホッとしたように呟いた柊を見て、花梨は不思議そうな顔をしていた。
(一体何なの? 私が誰とどこへ行ったって、課長には関係ないのに……)
そう思いつつ、花梨は柊に言った。
「この方には返信をしたので、後日連絡が来ると思います。返事が来たら、また内見に行ってきます」
「ああ、その時は、俺も行くよ」
「課長が?」
「今日は、女性二人に任せてしまって悪かった。今度からはちゃんと俺がついて行くから」
柊が申し訳なさそうに謝ったのを見て、花梨は驚く。
「課長、謝らないでください! 仕事なので当然のことですから」
「京極氏に、ナンパされなかったか?」
「え?」
「本社でちょっとそういう噂を耳に挟んだからさ」
「ああ、大丈夫でしたよ」
「本当に? 正直に言いなさい」
「えーと」
「やっぱり誘われたのか?」
「いえ、あれはきっと社交辞令ですよ。それに、円城寺さんもいましたから」
「円城寺? なんで円城寺さんがいたんだ?」
「あれ? 課長、ご存知なかったんですか?」
「君のサポートは小林さんに頼んだはずだが?」
「はい。でも、急遽、沼田係長の指示で、円城寺さんに変更になりました」
「…………」
柊は絶句する。もし自分がその場にいたら、そんな馬鹿なことはさせなかったのにと。
「じゃあ君は、女癖の悪い京極氏だけでなく、円城寺さんの相手もしなきゃならなかったのか?」
「はい。最悪でした」
花梨は苦笑いをしながら正直に答えた。その言葉を聞き、柊は再び頭を下げる。
「すまない……まだ来たばかりの君に、いろいろと苦労をかけて」
「ちょ……課長……。謝らないでください。別にトラブルがあったわけじゃないですから」
「いや、すまない。上司として監督不行き届きだった。今後は、こんなことがないよう気をつけるから」
「お気遣いありがとうございます。でも、本当に大丈夫でしたから、気にしないでください」
花梨は笑顔でそう答えてから、ちらりと時計を見る。
「もう8時過ぎてる! 私、そろそろ帰りますね」
彼女はそう言って、パソコンの電源を落とした。
コメント
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ちょ、柊さん。聞いてえな。 ヌマッターがコマッターな係長で、上の言いなりやから、もえぴーゴリ押しやってん。 さて、いきなりですが、【勝手にデートプラン〈白タク〉編】 キノコ狩りの後、キノコ料理店できのこづくし、そして最後は白タク狩り。 (卓也の卓也、どのキノコよりちっさい。) キノコ農家の皆さま、謹んでお詫び申し上げます。 キノコ万歳っ。
いい人が来ましたね😊今度は大丈夫そう❗️きっと素敵なレストラン になりそう✨今度は柊さんが一緒にきっちり商談しましょう🤗
俊さんキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! たぶん浜田様も納得してくださるのでは?