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そして、土曜日。
葉月はスーパーへ買い出しに行ったあと、午後から航太郎と一緒に庭のセッティングを始めた。
まずは、バーベキューグリルを出し、テーブルセットを二組出す。
元々庭には、ガーデンテーブルが一つあったので、二つ出せば足りるだろう。
テーブルを組み立てながら、航太郎は母親に向かってブツブツと言った。
「だからぁ、この前のお礼に、賢太郎さんも誘えばいいのにぃー」
「そんなこと無理よ。どの部屋に住んでいるか知らないんだもん。それに、あの人は有名人なのよ? 見ず知らずの人間に、いきなり誘われても、きっと迷惑だわ」
「そんなことないよー、声をかけるだけでもいいじゃん」
「無理無理! 有名人っていうのはね、干渉されずにそっとしておいてほしいものよ」
「ちぇっ、なんだよー、せっかくのチャンスなのになー」
テーブルと椅子を組み立てたあと、航太郎はふてくされたように自分の部屋へ戻って行った。
「……ったく、困ったもんだわね……」
葉月は小さくため息をつくと、キッチンに戻ってバーべキューの準備を始めた。
野菜を洗っているとインターフォンが鳴ったので、手を拭いて玄関へ向かう。
ドアを開けると、莉々子と夫の雅也(まさや)が立っていた。
「いらっしゃーい! 雅也さんもお久しぶり! どうぞ入って」
「おじゃましまーす」
「葉月さん、ご無沙汰―。あ、これ、出張で九州に行ってたんでお土産……あと、お肉ね!」
「うわー、辛子明太子! 嬉しい! お肉もこんなに? ありがとう」
「航ちゃんは? 相変わらずカメラいじってんの?」
IT系の会社に勤めている雅也は、航太郎と同じメーカーの一眼レフカメラを持っていたので、以前設定の仕方を教えてもらったことがある。
葉月は機械オンチなので、かなり助かった。
その時、航太郎が階段を降りて来た。
「あ、雅也さん、莉々子さん、いらっしゃい」
「航ちゃん、どう? あれからいい写真撮れた?」
「うーん、結構枚数は撮ったけど、いいのはあんまりないかなー」
「よーし! 見せて見ろー」
「うん! 来て来て!」
そこで二人は、航太郎の部屋へ向かった。
「フフッ、ああやってると、まるで親子みたい」
「随分若いお父さんだけどねー。で、どうなの? 不妊治療はまだ続けてるの?」
「ううん、去年でやめたわ。二人でいろいろと話し合った結果、無理しないで自然に任せようってことになってさ。もし、それでも出来なかったら、その時は二人でもいいよねって結論に達したの」
「そうなんだ。でもさぁ、二人は仲がいいから羨ましいー。私が結婚していた時とは大違いだもん」
葉月は元夫の事を思い出して、思わず顔をしかめる。
「まあ、雅也は優しいからねー。結婚した時は、年下だから浮気されたらどうしようってかなり不安だったけどさ、全然そんな心配なかったわ。だから、年下はオススメだよーって葉月ちゃんに言いたいのよ」
「年下男が、全員雅也さんみたいに誠実な人とは限らないでしょ? 芸能人のカップルなんかを見ていると、年下夫が浮気して離婚するのも多いし? それに、うちは息子がいるから、年下は異性としては見られないかも。だから、たぶん年下は無理かなー」
「そうなの? この前のイケメン君なんか、オススメだと思ったんだけどなー。あ、そうだ! もう一つ持ってこようと思っていたお酒、置いて来ちゃった。ちょっと取って来るね」
莉々子はそう言って、パタパタと玄関へ向かった。
葉月がそのままキッチンで作業をしていると、二階からは航太郎と雅也の笑い声が聞こえてくる。
息子の楽しそうな笑い声を聞いて、葉月は思った。
(あの子も、やっぱりお父さんが欲しいのかな?)
葉月は小さくため息をついてから、ザクザクと野菜を切り始めた。
その後、玄関から莉々子の大声が響いてきた。
「葉月ちゃーん、もう一人お客様増えてもいい?」
「いいけど、アパートの独身二人は、今日は予定があるって言ってたよ?」
「ううん、アパートの人じゃなくって、この人~」
その時、リビングにひょこっと姿を現した男性を見て、葉月は驚いた。
「あっ!」
そこには、鉄道写真家の桐生賢太郎が立っていた。
賢太郎は、この前と同じように、ジーンズにパーカースタイルだった。
「どうも」
「フフッ、ちょうど表で会ったから誘っちゃった。いいでしょ? この前のお礼に?」
「も、もちろん。いらっしゃい」
「ご迷惑じゃなかったですか?」
「迷惑だなんてそんな……。ただ準備ができるまでもうちょっとかかるので、どうぞソファーにでも座ってて下さい」
「ありがとうございます」
賢太郎は室内をキョロキョロと見回しながら、ソファーへ向かった。
その時、二階から二人が降りて来た。
航太郎は、ソファーに座っている賢太郎を見つけた途端、大きな奇声を上げた。
「ひょえぇーーーっ! な、何で桐生賢太郎さんが? うわっ、マジか! 本物だっ!」
「あら航ちゃん、彼のことを知ってるの?」
莉々子が不思議な顔をして聞く。。
「うん。だって、いつもテレビで見てるもん」
「え? テレビ?」
そこで雅也も気付いた。
「あ! もしかして……鉄道カメラマンの?」
「あ、はい。初めまして、桐生賢太郎と申します」
「うわっ、マジか! あ、僕は、隣のアパートに住んでいる、水島雅也と申します。で、こっちが妻の莉々子です」
「どうも、初めまして」
「ど、どうも…。え? もしかして、有名な方だったんですか?」
莉々子は目を白黒させて、夫を見た。
「そうだよ。彼は有名な鉄道写真家なんだ」
「やだっ! 私ったらそんなことも知らずに、図々しくドアの修理までお願いしちゃって…」
「桐生さんに直してもらったの? いやー、うちの妻がすみません……本当に申し訳ない」
「いえ、直したと言っても、スプレーを吹きかけただけですから」
「いやいや、本当にありがとうございます。で、桐生さんは、このお近くに?」
「隣のマンションにいます。仕事の都合で、知人から二ヶ月だけ借りたんですけどね」
「へぇー、そうでしたかー。あのマンション、すごく素敵じゃないですか! 住み心地はいかがですか?」
「景色は最高ですし、駅も近いし、この辺りも静かでいい場所ですよね」
「でしょう? 僕達も、もうちょっと広い所へ引っ越そうかとずっと思ってるんですけど、住み心地が良過ぎて、なかなか出られないんですよ。な?」
「そうなんですよ。ここは高台だから、見晴らしがいいし、気持ちのいい風も吹き抜けるし」
「あの白いアパートは、こちらのお宅の……?」
そこで葉月は、自分が自己紹介をしていないことに気付いた。
「あ、申し遅れました、私、芹沢葉月と申します。で、こちらが息子の航太郎です」
「せっ、芹沢航太郎ですっ! いつもテレビや雑誌で見ていますっ!」
航太郎は、目をキラキラと輝かせながら、憧れの人を見つめた。
「ありがとう。航太郎君も、鉄道写真を撮るのかな?」
憧れの人から、じかに名前を呼んでもらった航太郎は、顔を真っ赤にしたまま緊張気味に答えた。
「は、はいっ! 中学では写真部に入ってますっ」
「そっか。今は中学の……」
「にっ、二年ですっ!」
「じゃあ、受験まではもう少しあるんだ?」
「はいっ」
そこで雅也が、口を挟む。
「航ちゃん、せっかくだから、撮った写真を賢太郎さんに見てもらったら?」
「いっ、いいんですかっ?」
「もちろん」
「あっ、じゃあ、二階まで来てもらってもいいですか」
「うん。案内してよ」
「じゃ、じゃあ、こちらへ……」
航太郎はあまりにも緊張し過ぎて、右手と右足を一緒に出し、変な歩き方をしている。
それを見た葉月と莉々子は、思わず顔を見合わせてフフッと笑った。
コメント
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莉々子さんナイス👍 航太郎くんも緊張だよね😊 憧れの人だもの✨ さぁ…ここからだ♡
莉々子さん!ナイスなお誘い❤️賢太郎さん航太郎君と写真を通じて仲良くなってそして葉月ちゃんと❤️ 次回が楽しみです😊
莉々子さん、忘れ物ついでに賢さま連れて来るなんてGood Job👍‼️ 雅也さんも然りげ無く航ちゃんへのフォロー👍 水島ご夫妻ス・テ・キ👏👏👏👏👏 右手・右足一緒に動き出してる航ちゃん可愛い❤ バーベキュー楽しみだね🤩⤴️⤴️