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通知の紙は、一晩たっても薄くならなかった。
翌日のシェルターでは、入口の板壁に貼られた稽古予定表の前で、ホレが腕を組んでいた。赤いペンで何度も書き直した跡があり、日付の横には矢印と丸印が増えている。
「立入制限、三日早い。資材搬入が始まったら、橋の下の動線が半分になる」
ホレが言う。
「大道具の持ち込み、今のままだと間に合わない」
グルナラは折りたたみ机の上に帳簿を広げていた。鉛筆の先で数字を追い、眉間に皺を寄せる。
「追加の運搬車を一台入れるだけで、予備の布代が飛ぶ。照明用の延長コードを増やしたら、今度は鐘の修理に回す分が減る」
「減るばっかりだな」
ヌバーが言うと、グルナラは顔を上げずに返した。
「増える話を持ってきたら褒める」
ミゲロは外から運んできた板を壁へ立てかけ、汗を拭いた。
「俺、昼休みも使う。前倒しなら、こっちも前倒しで作る」
「私も走る」
モルリがすぐ言う。
「商店街の裏道、一本なら台車通せるとこある」
「勢いで通して怒られる未来が見える」
ホレがぼそっと言う。
デシアは通知の文面をもう一度読み返していた。文字は事務的なのに、行間から急かす足音がする。追い立てられているのは場所だけではない。ここに集まる人の息そのものだ。
サベリオは黙って橋の外へ出た。昼の時計塔は夜よりも古さが目立つ。文字盤の青は眠っているみたいに鈍い。足元では撤去用の白線が地面に引かれ、見慣れた風景へ他人の手が触れ始めていた。
「時間、ないね」
後ろからデシアが来た。
サベリオは頷く。
「待ってくれないからな」
「待ってくれないなら、こっちが先に行くしかない」
その言い方が少しだけモルリに似ていて、サベリオは笑いそうになった。
橋の下へ戻ると、皆の声が少し荒くなっていた。焦っているのに、どう焦ればいいか定まらない顔ばかりだ。
その中で、ジャスパートだけが壁へ耳を当てていた。
「何してるの」
ハルティナが聞く。
「考えてる」
ジャスパートは壁から離れずに答えた。
「道が狭くなる。運べるものも減る。なら、持ち込めないものを最初から舞台の外へ置けばいい」
「何の話」
モルリが首を傾げる。
ジャスパートはようやく振り向いた。目だけが、いつもより少し明るい。
「時計ごと舞台に使え」
皆が黙る。
橋の向こうで、深い時計の針が見えない速度で進んでいた。