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第3話「バイト戦争」
タクミは18歳、大学に入りたての男子。茶色に染めた短髪をツンツンに立たせ、エプロンの下に黒いTシャツを着ている。アルバイト先は街角のファミレス。見た目はフツーの青年だが、彼の中には三つの人格がいた。
一つは“接客人格”。笑顔が得意で、言葉遣いもていねい。
二つ目は“料理人格”。口数は少なく、調理に集中するタイプ。
三つ目は“自由人格”。ノリで動き、規則を守らない。
夕方、店は混み合い始めていた。タクミの代表人格がオーダーを取ろうとすると、すぐに接客人格が前に出た。
「いらっしゃいませ!おすすめはチーズハンバーグでございます!」
店長――小太りでシャツをぱつんぱつんに着た中年男性――が満足そうにうなずく。
だが、キッチンに入った瞬間、料理人格が表に出る。
「接客は俺には無理だ、包丁を握らせろ」
黙々と具材を切り始めるタクミに、同僚のリサが声をかけた。リサは栗色の髪をポニーテールに結んだ女子大生で、アルバイト歴が長い。
「タクミくん、また人格チェンジ?早いなぁ」
その時、皿を持ったまま自由人格が飛び出した。
「お客さん、唐揚げにケチャップぶっかけてもいいっしょ!」
リサが慌てて止める。
「ちょ、やめなさいって!それメニューにないから!」
多重人格社会では、こうした“職場での人格交代”は当たり前。だからバイトのシフト表にも「代表人格」「予想交代人格」が書き込まれている。店長も分かっていて、今日の欄には「接客◎、料理△、自由×」と書いていた。
しかし交代のリズムは予測不能。接客中に料理人格が出て黙り込み、料理中に自由人格が暴れてアレンジメニューを出す。店はカオス状態。
クレームを入れにきた客の前に、再び接客人格が戻って深々と頭を下げた。
「誠に申し訳ございません!」
だがすぐ自由人格がひょいと顔を上げる。
「えーでもさ、ちょっとくらい面白かったでしょ?」
客はポカンとし、最後には吹き出した。
「……まぁ、二度とやるなよ」
その日の売上は散々だったが、タクミは同僚から「今日の人格ショー最高だった」と拍手される。
本人は頭を抱えながらつぶやいた。
「俺はファミレス芸人じゃねぇんだって……」