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瑠璃子はその後どうやってナースステーションに戻ったのか覚えていない。

気付くと備品庫から取ってきたガーゼを指定の場所へ補充していた。補充しながら頭の中ではキスの事を思い返していた。


大輔は年越しのタイミングに合わせて瑠璃子にキスをした。それも瑠璃子を強く抱き締めてだ。

抱き締められた時瑠璃子の手に触れた大輔の逞しい胸板や力強い腕の感触を思い出すと今でも心臓がドキドキする。

そして瑠璃子は大輔の事を一人の男性として意識し始めている自分に気付いた。


心ここにあらずといった感じで作業をしている瑠璃子を見て同僚が言った。


「瑠璃ちゃん、眠いなら仮眠取ってきてもいいよ?」

「す、すみません…大丈夫です」


瑠璃子はボーッとしていた事を反省し、それからは気合を入れて仕事に集中した。



なんとか無事に夜勤を終えた瑠璃子はバス停へ向かう。

バスに乗ると瑠璃子は再び考え始める。もちろん大輔とのキスについてをだ。

瑠璃子はおもむろに携帯を取り出すと『年越しの瞬間・キス』と入れて検索してみた。

すると検索結果にはこう書かれていた。



『主に海外では年越しの瞬間、つまりカウントダウンがゼロになる時に合わせて愛する人とキスをする習慣があります』



(愛する人と?)


大輔は瑠璃子を愛しているのだろうか? しかしこれまで大輔から愛の告白をされた事は一度もない。

だったらあのキスは何を意味するのだろうか?

考えれば考えるほど頭が混乱してきたので瑠璃子は一旦考えるのをやめた。

夜勤明けの睡眠不足の頭ではまともな考えが浮かばないので、とりあえず家に帰って休む事にする。

家に帰った瑠璃子は軽く朝食を取るとシャワーを浴びてすぐにベッドに入った。



その後少し睡眠を取った瑠璃子は、起きて紅茶を飲んでいた。その時携帯が鳴る。母親からの着信だ。



「瑠璃子、明けましておめでとう! 元気にしているの?」

「うん、元気よ。昨日から夜勤だったから帰って寝て今起きたところ」

「あら、お疲れ様。で、どう? そっちの生活にはもう慣れた?」

「うん、もうすっかり。あ、そういえば11月にお墓参りに行ってきたよ」

「一人で行けたの? 車で?」

「ううん、ほら、前にお母さんも会った岸本先生っていたでしょう? あの先生が車で連れて行ってくれたの」


それを聞いた瑠璃子の母は驚いているようだ。


「あら、やっぱりあなた達お付き合いをしているんじゃないの?」

「違うよ。私が札幌の運転に自信がないって言ったら用事ついでに連れて行ってくれたの」

「ふーん、優しい人じゃないの」


母は何やら含みを持たせるような言い方をする。


「そういえば、お母さんあの先生とどこかで会ったような気がするのよねぇ……でもそれがどこだったか全然思い出せないの」

「え? なんでお母さんが? 人違いじゃないの?」

「そうねぇ、気のせいかもしれないわ。でもなぜかずっと心にひっかかっているのよ。まあ思い出したらまた連絡するわ」


そして二人は電話を切った。


「お母さんの記憶はあてにならないからなぁ……」


瑠璃子はそう呟きつつも少し気になっていた。


それから瑠璃子は『promessa』の小説の続きを読む事にした。新たに二話更新されている。

更新日時を見ると大輔が夜勤をしている時間帯だったので瑠璃子はクスッと笑う。


(やっぱり先生医局で書いてるじゃない)


そして小説を読み始める。


その後青年は東京で偶然少女を見かける。小さかった少女は大学生になっていた。そして少女の傍らには恋人がいた。

恋人と楽しそうに過ごす少女を見た青年は声をかけるのをやめる。

その日以降、青年は少女の事を遠くから見守るだけで自分の存在は明かさないようにしていた。


ただ遠くから少女を見守るだけの青年の心情を思うと瑠璃子は切ない気持ちになる。

そして『見守るだけの愛』なんてこの世に存在するのだろうか? とも思う。



そして数日後、瑠璃子はいつものように大輔の車を待っていた。

大晦日のキスの日以降シフトがずれて大輔には会っていなかったので、今日どう接していいのかわからずに少し緊張していた。

しかしあまり意識し過ぎてもぎくしゃくして気まずいので、普段どうりで行こうと決める。


車に乗り込むと瑠璃子はあえて明るく挨拶をした。


「先生、おはようございます」

「おはよう、今日は晴れたね」


大輔は瑠璃子をチラリと見て言った。いつもと何ら変わらない大輔の様子に瑠璃子はホッとする。


「三が日は外来が休みだから病院も静かだろうな」

「そうですよね。でもお餅を喉に詰まらせて搬送される患者さんが多そう」

「じゃあ救命救急が忙しいかな?」

「フフッ、そうかも」


病院へ向かう車の中で二人はいつものように会話をする。


「先生も手術がないから今日はのんびりですね」

「うん。急変もないといいんだけどなぁ」


外来が休みの病院はひっそりとしていた。いつもの賑わいが嘘のようだ。

予想通り救命救急だけは忙しそうだ。サイレンを鳴らした救急車がひっきりなしに到着する。


その日瑠璃子がいつものようにナースステーションにいると突然電話が鳴った。電話には玉木が出た。

しばらくして電話を切った玉木は申し訳なさそうに瑠璃子に言った。


「瑠璃ちゃんごめん、なんかね、救命救急で看護師が一人インフルエンザになっちゃって人手が足りないらしいの。瑠璃ちゃんご指名で応援に来て下さいって言われちゃったんだけど今から行ってもらってもいい?」


瑠璃子は驚いたがすぐに返事をする。


「わかりました、じゃあ行ってきます。後をよろしくお願いします」


瑠璃子はすぐに救命救急センターへ向かった。

瑠璃子が救命救急にいたのは前の病院にいた時なのでもう5年前だ。かなり久しぶりなので果たして自分が役に立てるのだろうかと不安になる。

しかし頼まれたからには手伝うしかないので、瑠璃子は覚悟を決めて救命救急センターへ入った。


現場の医師達に挨拶をした後、早速救急搬送の受け入れを任された。

これから運ばれてくる患者は胸痛を訴えた後心肺停止になった男性だ。これは以前瑠璃子が飛行機の中で対応した男性と同じ症状だ。


救急車が到着したので瑠璃子はすぐに対応に当たる。

患者は60歳の男性で救急隊員が心臓マッサージを続けている。

瑠璃子は医師の心肺蘇生術の補佐に回り、男性の呼吸が戻ると素早く気道確保、高濃度酸素投与、静脈路確保をして指示通りに点滴の準備を始めた。

詳しい検査の後、男性は冠動脈バイパス手術を緊急で行なう必要があると診断される。


「心臓外科の岸本先生を呼んで下さい」


医師の指示に従い瑠璃子はすぐに大輔に電話をした。


「村瀬です。岸本先生、至急救命救急センターまでお願いします」


瑠璃子が救命救急にいたので大輔は驚いている様子だったがすぐに言った。


「今行きます」


そして大輔はすぐにやって来た。


その後救命救急の医師と検査画像を見ながら真剣に話し込んだ後、患者は大輔に引き継がれた。

大輔は手術室へ向かう前に瑠璃子の傍へ来て言った。


「新年早々お疲れさん」

「先生も手術頑張って下さい」

「うん、ありがとう」


大輔は軽く手を挙げると手術室へ向かった。


その後も救命救急にはスノーボードで骨折した青年や糖尿病の低血糖の患者が続けて運ばれてきた。

二人の処置を終えると漸く救命救急センターに静けさが戻ってくる。

瑠璃子は医師や看護師達に感謝されながら救命救急センターを後にした。


「ふーっ!」


瑠璃子がため息をつきながらナースステーションへ向かっていると、途中三階の手術室の前を通った。

手術室の表示は赤いランプがつき『手術中』と表示されている。


(そっか…先生はまだ手術中なんだ。先生頑張れ!)


瑠璃子は心の中でそう呟くと、外科の病棟へ戻って行った。

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