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「……酷いよ、こんなの」
思わず駆け寄ったうちに嗚咽交じりにユカリが見返して来る。
「どうして私達がこんな目に遭うの? ただ、怪談を聞いただけじゃない。それも新聞委員会の仕事で。なのに、どうしてこんな……」
「ユカリ、気持ちは分かるけど今は……」
「そっか、そうだよね。こんなの現実な訳ないじゃん。こんなの夢に決まってる。キミちゃんもいるけど、夢だよね。うん、夢だよ。夢、夢……」
「ユ、ユカリ……?」
思わず、うちはたじろいでいた。明らかにユカリの様子がおかしかった。
焦点の合わない目でどこかをボンヤリ眺めながら、「夢、夢、夢…」と呟き続けている。
正気を失いかけているんや、とうちは思った。あんな血まみれの化け物を間近に見た上、校舎中を追い回されたせいだ。
当たり前と言えば当たり前だろう。ユカリはごく普通の女の子だ。うちと違って幽霊だの化け物だのに全く耐性がない。
少しためらい――、うちはユカリの頬を平手で打っていた。パチン、という小気味よい音が響く。
対照的にうちの胸はギュッと痛んでいた。精神的な喩えじゃない。本当にチクチクと痛む。まるで細い針の先で突かれているみたいだった。
「……痛い」わずかに赤みがさした頬を片手で押さえ、ユカリがうちを見た。
「キミちゃん? ……私のこと、ぶった?」
ユカリの声にうちに対する怒りや非難の色は感じ取れなかった。ただ、事実確認をしている。そんな感じだった。
「……ごめんな、ユカリ」
いたたまれなくなってうちは詫びた。知らずと声が震えた。
「うち、こんな対処法しか知らんねん。ここにお父さんがいてくれたら……」
「――ふーん。なかなかやるねぇ」
笑いを含んだような、人を馬鹿にするような声が聞こえた。その途端、ギシッと軋むような音を立てて全身の筋肉が強張るのを感じた。
声の主は言うまでもなくアキミチ君だった。教室で突然、姿を現したのと同じように、そうするのが当然であるかのようにアキミチ君は体育館の奥から現れ近づいて来る。
「妖気をビンタ一発で散らせるなんてね。……君、本当に何者?」
「そら、こっちの台詞や」
自然とうちはユカリの前に進み出ていた。たとえ一瞬でも親友をアキミチ君の目に晒したくなくて。
「あんたこそ、ナニモンや? たちの悪い呪術師か、それとも狐狸の輩か?」
威圧するつもりでアキミチ君を睨みつける。だけど、それは虚勢だった。内心は死ぬほどビビっている。膝がガタガタ震えて、その場でひっくり返らなかったのがせめてもの救いだ。
「随分とひどい言い草だなぁー」
そう言ってアキミチ君が肩をすくめた。
「そもそも、コンタクトしてきたのはそっちでしょ? 怪談を聞くだけじゃなく、体感させてあげようって言う親切だよ。……ほら、よく言うだろ? 何事も実体験に勝るもはないって。そのほうがいい記事、書けると思うけどなぁ」
「何がいい記事や」
白々しいアキミチ君の物言いにカアッと頭に血が昇るのを感じた。
「あんな化け物を差し向けたくせに。死んだらいい記事もクソもないわ」
思わず言葉が汚くなる。だけど、アキミチ君の人を馬鹿にした態度にはいい加減うんざりしていた。
「ああ、そっか。ごめんごめん」
そんなうちの胸中を察してか、アキミチ君が煽るように大きな声を張り上げる。
「君達、思っていたより逃げ足が速いからさ。肝心なこと、伝え損なっていたよ」
「……肝心なこと?」
「ん。――これだよ」
そう言ってアキミチ君が制服の懐から取り出した何かを投げてよこす。思わず受け取ってしまったそれはスマホだった。
ディスプレイ画面いっぱいに表示されていたのは――
心離不念念。起心従念念。音世観念暮。音世観念朝。浄我楽常。縁僧法仏。縁有仏与。因有仏与。仏無南。音世観。心離不念念。起心従念念。音世観念暮。音世観念朝。浄我楽常。縁僧法仏。縁有仏与。因有仏与。仏無南。音世観。心離不念念。起心従念念。音世観念暮。音世観念朝。浄我楽常。縁僧法仏。縁有仏与。因有仏与。仏無南。音世観。
スクロールしてもスクロールしても、延々と続く意味不明な漢字の羅列。目がチカチカとして、思わずうちは頭を小さく振っていた。
「これはね、いわば安全装置だよ。怪談を聞いたり話したりする時の」したり顔でアキミチ君がまた口を開いた。「ひとことで言えば、これは死返しの呪文――みたいなものだね。この呪文を声に出して読めば、いや、目で読むだけでもいい。とにかく、何度も何度も反芻して、頭の中で自動的に流れるようにするんだ。よく効き慣れた音楽が頭の中で自然と再生することがあるでしょ? ああいう感じだよ」
気に取られてうちはペラペラしゃべり続けるアキミチ君を見つめていた。人を死ぬような目に遭わせておいて、今度は化け物から身を守るために変な呪文を唱えろと言う。
「……どうしたの? 二人とも、何をためらってるのさ? 早く唱えなよ?」
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