テラーノベル
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「ねぇ、蓮司ってほんとに彼氏なの? ねえ、そうなの?」
弾むような女子の声が飛ぶ。
からかいというには軽すぎ、問いただすには温度が足りない──好奇心だけでできた声。
遥は前の席に腰掛けたまま、ノートに落書きをしていた。
応じることも、否定することもなく、ただ静かに、線を重ねていく。
「てかさー、蓮司くんって彼女いたよね?」
「てか、あの蓮司が“男”とかアリなわけ?」
「──つるむっていうか、さ、あいつの“モノ”でしょ」
笑い声が弾ける。
男子の一人が、後ろから遥の肩を軽く叩いた。
まるでペットを扱うみたいに、無造作に、無遠慮に。
「ほら、鳴いてみ?」
「『蓮司様』って呼ばないと、おやつ抜きらしいよ?」
「てか今日、呼ばれる時間決まってんの? それとも“お迎え”?」
──ここまでが、今の教室の“日常”だった。
遥は、ゆっくりと顔を上げる。
目の奥には何もない。
けれど、口元だけが、柔らかく笑った。
「ねえ、逆に質問していい?」
「ん、なに?」
「……どこまでやったら、“恋人”っぽく見えると思う?」
沈黙が落ちる。
その一拍を置いて、再び爆笑が巻き起こる。
「え、なにそれwww」
「っつーかそれ、自白じゃんw」
「うわー、やっぱそうなんだ、やばw」
「……じゃあ、次からはキス写真でも撮っとく?」
遥の声は、冗談のように軽く、芝居のように艶っぽかった。
けれどその目だけが、誰も見ていない一点を見つめていた。
(──これは、演技。ぜんぶ。
見せてれば、いじられる程度で済む。
媚びていれば、“ただの変態”で終わる。
そう思ってた。……のに、)
「“彼氏”ってワード、そんなに面白い?」
「だってさ、おまえが、恋人とか言い出すとか、意味わかんねーし」
「そういうの似合わないんだよ。おまえは、壊れてる方がウケるの」
──拍手みたいに、無数の笑いが重なった。
遥は静かに目を伏せる。
自分で火を点けておきながら、その熱が想像よりも鋭く、胸に刺さる。
笑え、笑っとけ。
媚びろ、演じろ、見せてやれ。
──そうすれば、誰も本気で触れてこない。
「ほんとに壊れてる」ことに、気づかれない。
それが唯一の防衛だった。
(……けど、なんでこんなに痛いんだ)
「……蓮司、“キス、うまい”よ」
誰に聞かれたわけでもないのに、ぽつりと落ちたその言葉に、
再びどっと爆笑が広がる。
「マジで言ったwww」
「やっば、こいつw」
「蓮司くん変態なんじゃね?」
「てか、ちゃんと抱かれてんの? ねえ、どうなの、そこはさ」
遥は、ふと立ち上がった。
片手で机をなぞるようにして、前に出る。
「んー……聞きたい?」
耳元まで口を近づけ、笑った。
「……ねえ、触ってみる? 証拠、欲しいでしょ?」
数人が思わず後退る──けれど、それは怯えからではない。
その“異常にリアルな演技”が、彼らの笑いと興奮を掻き立てたのだ。
そしてその空気を、破るように。
「──盛り上がってんねぇ」
不意に背後から聞こえた、軽い声。
全員の視線が扉に向かう。
そこに、蓮司がいた。
制服も着ていない、私服のままの蓮司が。
教室の空気が一瞬で凍る。
「なんだよ、来るなら来るって言っとけよ。──俺の“飼い主”さん?」
遥が、静かに振り返る。
笑っている。
けれど──その目の奥にあるものは、誰にも読めないままだった。
(……次、どうする?)
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