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教室には、まだ人がいた。
放課後──窓の外は茜に染まりつつあるが、教室には話し声や椅子を引く音が混ざり合っていた。
その片隅。遥の席を、数人の女子が囲んでいた。
蓮司は窓際に凭れて、片手でスマホを弄っていた。
けれど、時折その視線が遥と女子たちへ向けられているのは、遥にはわかっていた。
──止める気はない。むしろ、楽しんでいる。
「ねぇ、ほんとに“恋人”なの? キスとか、してるわけ?」
一人の女子が、遥の顔を覗き込むようにして囁いた。
その声には甘さのかけらもなかった。
「てかさ、蓮司って抱くとき、優しいの? それとも──強引なタイプ?」
「どうなの? あんた、どこでイくの?」
笑いが混ざった声。ひやりとした悪意。
「やっぱ、声とか出しちゃう系? 『もっとして』とか?」
「──“反応よさそう”だもんね。媚びるの、上手そう」
遥は俯いていた。表情を作れなくなっていた。
(演技……ちゃんと、やんなきゃ……)
(信じさせなきゃ、全部……意味がなくなる)
唇を噛む。肩が揺れる。
机の下で、膝が小刻みに震えていた。
蓮司が、笑った。
「……ほら、遥。答えてやれば? 俺の“どこが”好きか」
その声が、最も遠く感じた。
なのに、誰よりも近い檻の鍵の音だった。
「ねぇ、“どこ触られると嬉しい”の? 教えてよ、リアルに」
「ちゃんと喘げるんだ? 昼間はこんな顔してんのに、夜は違うんだね」
「……ていうか、さ。ほんとに“やってんの”? 演技じゃなくて?」
「そういうとこ、ちゃんとイってるフリとか、うまそうだもん」
──“嘘”。
その言葉が、いちばん、遥の中を腐らせる。
「ていうか、媚びてるだけじゃないの? “抱いてください”って顔して」
喉の奥が焼ける。
足の感覚が遠のいていく。心が、どこかへ脱けていきそうになる。
(もう……どうでもいい)
そう思ったときだった。
ガタン。
椅子の音でも、机の音でもなかった。
明確な──“誰かの衝動”が、空間に走った音だった。
気づけば、日下部が立っていた。
席を蹴ったのか、それとも、誰かを押しのけたのか。
彼は、無言だった。
けれど、明らかに“何か”を超えていた。
遥のそばへ、迷いもなく歩いてくる。
女子たちが引きつる。数歩、引いた。
「……何、怒ってんの?」
一人が言ったが、日下部は答えない。
ただ、遥の腕を掴んだ。
「ちょ──何?」
遥自身も驚いた。けれど、日下部は構わず、引いた。
無理やりじゃない。だが、強く。
蓮司の笑みが、一瞬だけ消えた。けれど、止めない。
「……ちょっと、やめ──」
遥の声がかすれたとき、日下部が低く、誰にも届かない声で言った。
「……これ以上見てたら、俺、ぶっ壊れる」
その瞬間、遥の中の何かが、音もなく崩れた。
抵抗もなく、ただ連れられて──教室を出た。
背後で、誰かが笑った気がした。
誰かが舌打ちした気がした。
でも、聞こえなかった。
なにも、聞こえなかった。