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「そう言えばミサキさん。今朝、電話くれとったんやんな?」
またキミカが言った。眉を八の字にして、心の底から申し訳なさそうに。
「出れんでゴメンな。あの時、うちらチョット立て込み中だったんよ」
「ああ、そうだったんだね……」
うなづきながらもそっと私は周囲の様子を伺っていた。
この神社の、童ノ宮の境内は広い。無駄に広い。
それに加えて、こんな田舎町にはもったいないぐらい立派で豪華な社殿が立ち並んでいるが、信仰の場であるのと同時に地元住民達に憩いの場でもあるのだろう。
私達が今いる手水舎付近のスペースは、滑り台や鉄棒、動物をモチーフとしたスプリング遊具やベンチなどが置かれた公園になっている。
人の出入りは激しいが今は祭りの真っ最中。動きはとても流動的で、誰かが私達に注意を払っている様子もない。
私とキミカのような組み合わせなら特に。
親子か、年の離れた姉妹にしか見えないだろう。
「ほな、ミサキさん。塚森家、行こ。昼頃には芸能事務所の社長さんも到着すると思うし、お父さんがミサキさんと話したいことがあるって……」
「ちよっと待って」
キミカの言葉を遮り、私はベンチの隣を指さしていた。
「家から走って来てくれたんでしょ? 少し休めば?」
「えっ、でも……」
「キミカちゃん、汗びっしょりだよ」
私の指摘に反射的にキミカが頭を両手で押さえる。
たちまちその顔が真っ赤になる。
ウケる、と私は思った。こんなチンチクリンでも一応、思春期の女の子。一人前に身だしなみは気になるらしい。
「ほら、タオル。ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃうよ?」
「……うん」
ちょこんと私の隣に腰をおろし、貸してやったタオルでキミカが頭を拭っている。その間、ボンヤリと空を見上げていた。
まばゆく輝く青空には雲一つなく、暑く乾ききった夏の風が吹きすさんでいた。一際大きな本殿の奥にはこんもりと茂った鎮守の森があり、そこから無数のセミの合唱が聞こえてくる。
一体、私は何をやっているんだろう。一体、私は何をやろうとしているんだろう。私はただ、マキオと一緒に幸せな人生を歩みたかっただけ。
それなのに一体、どうしてこんなことに……。
「ありがとな、ミサキさん」
髪を乾かし終えたらしい。上目遣いに私を見上げながらキミカが言った。
「これ、うちの汗で臭くなったし――、洗って返すわ」
「そんな……。そこまで気を遣わなくてもいいって」
「あんな。うち、ここで二人と出会った時から思ってたんやけど……」
思わず苦笑した私にはにかむような笑みをキミカが向ける。
「ミサキさんってええお母さんやんな。うち、小さい頃にお母さんと死に別れてもうたから、マー君のこと羨ましいわ」
……は? わず私はキミカを凝視していた。氷のように冷たい手が身体の中に入り込み、内臓を撫でまわすような感触。
こいつは今、何て言った? ええお母さん? 私が、か?
いい加減なことを言いやがって、この小娘が。私のことなんて何にも知らないくせにいい加減なこと言いやがって。
マキオが羨ましい?
マキオがどんな目に遭ったのか、分かってないくせに。私があの子にどんな仕打ちをしたのかも知らないくせに。
お前なんかに私達親子の何がわかる?
分かってたまるか。
ほんと、ふざけるな。
「キミカちゃんったら何言ってんのもう。大人をからかっちゃダメだよ」
「えっ? いや、うちは本気で……」
「あ、そうだ」
ジッパーを開いたままのトートバッグに手を差し込みつつ、私は言った。
「今朝、病院でね。相部屋だったお婆ちゃんからミカン、たくさん頂いちゃって……。キミカちゃんも一つ、食べない?」
「えっ、でも。……マー君、塚森家で待たせてるし、早くミサキさんの顔、見せてあげたほうがええんとちゃう?」
「大丈夫だって、少しぐらい」
イラつくなぁ。ゴチャゴチャ言ってんなよ、ブス。
舌打ちが出そうになるのを何とかこらえ、私は猫なで声を出す。
「知ってる? ミカンって体温を下げる効果もあるから熱中対策にいいの。せっかく迎えに来てくれたんだし……、一つ受け取って?」
そこまで言うのなら……。
そんな表情を浮かべながらオズオズとキミカが片手をさし出して来る。
思わず口の端が歪むのを感じた。私はトートバッグに突っ込んだままの手で、ビッショリと汗ばんだ手のひらで出刃包丁の柄を握りしめ直す。
キミカちゃん、ああキミカちゃん。やっぱりあなたはいい子だね。
過去辛いことがあったとしても、今は周りの人達にとても大事にされていることがよくわかる。
だから、キミカちゃん。私はあなたを殺すね。
あなたを殺した後、マキオを取り戻して、それからあの子も殺す。
だって、あの子、私よりあなたと一緒にいる時のほうが幸せそうだもん。
そして、その後はもちろん私も死ぬ。
――オン・マーラヤ・パーピーヤス・ソワカ。
――オン・カーマダーヤ・マハーラジャ・ソワカ。
――オン・パーピマ・マーヤヴァンス・ソワカ。
あぁ、第六天魔王神呪……。頭の中で唱え事が響いている。
考えるまでもない、これは母さんの声。変な新興宗教にはまって、家庭の全てをそれに捧げ続けた挙句、六年前に失踪。今は生きているか死んでいるかもわからない母さんの声だ。
その母さんが初めて私を応援してくれている気がした。
知らなかったよ、母さん。あなたにも親の情が、人の心があったんだ。
家を出た時、あなたは何も言ってくれなかったし、私も別れの言葉も言わなかったけれど――ちょっと嬉しい。
――オン・マーラヤ・パーピーヤス・ソワカ。
――オン・カーマダーヤ・マハーラジャ・ソワカ。
――オン・パーピマ・マーヤヴァンス・ソワカ。
私は出刃包丁をトートバックのなかから抜き放った。夏の乾いた陽ざしを受け、研ぎ澄まされた刃がギラリと光った。 虚を突かれたかのように、キミカの大きな黒目がちな瞳がさらに大きく見開かれる。
あれ? この子普通にかわいくない?
唐突に私はそう思った。
さっきはどうしてブスだなんて、思ったんだろう? 年頃の女の子相手に、私はなんて酷いことを……。
それはそれとして――、私はやるべきことをやらなくてはいけない。まずキミカを、この娘を殺してこの地を穢せねばならない。
とは言え、子供を苦しめるのは気が進まない。やはり、私も母親の端くれなんだろう。そうだ。一思いに喉を切り裂いてやろう。
下手にあちこち刺すより、その方がよほど人道的に思えた。
「そうそう、そのまま大人しくしててね」
目を見開いたまま、まるでそのまま石と化したようにその場で固まり、微動だにしなくなったキミカの後ろをつかんで私は言った.
「その方が早く終わるし、キミカちゃんもきっと楽だよ……」
腕を伸ばして、私はキミカの喉元に出刃包丁の刃先を突き出していた。プツッと小さな音がして、生白い肌の上に赤い血の珠が浮かぶ。
あーあ、これで晴れて人殺し、ヒトデナシの仲間入りかぁ。
奇妙な解放感と高揚、そして脳髄をつんざくような快感が湧きおこり、私の意識は飛びかける。
だけど、その時だった。
「――やめて! 母上様! お願いですからやめてください!」
ぎくり、と全身の筋肉が小さく跳ねるのを感じた。ほんの数秒前に感じた幸福感は欠片も残さず吹き飛ばされていた。
錆びついたロボットのような動きで頭を動かし、声の聞こえたほうを見た。 そして、後悔した。そこに――この場所にいてはいけない人間がいたから。
「マ、マキオ……なんで、あんた……塚森家にいたんじゃ……」
「キミカちゃんを放してください!」
血を吐くような勢いで、マキオが叫んでいた。
いや、叫び声と言うよりはほとんど悲鳴か。
マキオはその小さな身体を、真夏だというのにぶるぶる震わせ続けていた。両手を力一杯にぎりしめ、片足で激しく地団駄を踏みながら。真っ赤に紅潮した顔は涙と鼻水でグシャグシャだった。
一方で、私も完全なフリーズ状態に陥っていた。身動きが取れないどころか、脳がその役割を放棄したかのように何一つ、思考できない。
恐らくそれは時間にすればほんの数秒だったと思うが、こういう場面においてそれは大抵、命取りに繋がる。
「――ミサキさん! あかん!」
もう一つ上がった叫び声に私は思わず身を怯ませていた。
声の主はキミカ。私は自分の目を疑っていた。
普通なら束縛を振り払い、安全な場所まで逃げると思う。だけど、キミカはそうしなかった。両腕を素早く延ばし、出刃包丁を握る私の手をつかみ、引っ張ったのだ。自分のほうへと。全身で力任せに。
突然のことに呆気にとられ、私は反応できない。
だって、とてもじゃないけれど信じられない。刃物を持った相手を押しのけるならまだしも、自分のほうに引き寄せる馬鹿がいるなんて。
私達はお互いの身体を抱きしめ合うようにして、ベンチの上から転がり落ちていた。その衝撃で私は握りしめていた刃物を地面に転がせてしまう。
チクショウが。どこまでも腹立たしい。
無様にも地面の上で腹ばいになった姿で出刃包丁を回収しようと片腕を伸ばすが――、悲鳴をあげながらキミカが背中に飛び乗ってきて妨害。
私の背中を全身全霊の力で押さえつけながら、また叫ぶ。
「デイジーチェーン! ミサキさんはうちが押さえとくからあんたは早よ、逃げ! こんなん、マー君に見せたらあかん!」
デイジーチェーン? 何だそりゃ?
確かIT用語で数珠繋ぎと言う意味だが、なぜマキオをそう呼ぶ?
当の本人はと言うと――、泣き叫び続けていた。両目を堅くつむり、空を見上げるよう首を傾けて。この光景にすっかりパニックとなり、何がなんだかわからなくなったのだろう。
「ミサキさん! ミサキさん! 聞いて!」
背中の上ではキミカが叫び続けている。マキオの声と重なり合って、まるでサイレンの合唱だ。余りのうるささに頭がおかしくなりそうだし――、これでは人が集まって来てしまう。
正直、私は舌を巻いていた。キミカのことを甘く見ていた。守られることに慣れ切ったあんなガキ、簡単に殺せると。
それが実際はどうだ。虚を突かれたとはいえ、今、組み伏せられているのは大人である私のほうだ。ひょっとしたらキミカはその外見に見合わず、私が思う何倍もの修羅場を潜り抜けて来たのかも知れない。
いや、まさか。
映画や漫画じゃあるまいし、そんなことがあるわけない。
「うち、アホやから! なんでミサキさんをそこまで怒らせたんかわからへんけど! 教えてくれたら、謝るから!」
ほら、聞いた? 今の?
本人も自覚があるみたいだけど、やっぱりこいつはボンクラだ。この期に及んで私を責めるより、自分の落ち度を探してやがる。
「だから、こんな姿、マー君に見せたらあかんて! ミサキさんはマー君のお母さんやろ! マー君はミサキさんのこと大好きやのに、それやのに! こんなん絶対まりがってるって!」
「……このクソガキが」
自分でもゾッとするような冷たい声が出た。
抑え込まれたまま、私は激しく揺さぶっていた。キミカの体は想像していた以上に軽く、簡単に吹っ飛ばすことができた。固い地面に後頭部と背中をしたたかにうちつけ、空気が漏れたような声をあげるキミカ。
この隙を見逃すほど、今の私は甘くない。
飛び付くようにして倒れたキミカの身体の上に馬乗りになり、押さえつける。形勢逆転。
「ミ、ミサキさん……」
縋りつく仔犬のような眼差しでキミカが見上げてくる。
だが、私はそれには構わず右の手で拳を握り締め――、殴りつけた。
キミカの顔を、左の頬を。指の骨に伝わったのは柔らかな肉の感触と、その奥音にある頬骨の感触。ガッと嫌な音が聞こえた。歯の一、二本が折れたのかも知れないが私は気にしなかった。
「……マー君はミサキさんのこと、大好き? ホント、ふざけんなよ? 一体、どの口で言ってんだ」
凍てつく呻き声をあげながら私はもう一度、キミカの顔を殴る。
今度は反対の頬、右の頬。ブッ、と間の抜けた声をあげて、キミカが口から血の塊を飛ばす。口内の皮膚が破けたかなんかだろう。
「大体、お前がお前らが私の子供を、この街に、取り込んだんだろう? カルトだか、因習村だか知らねーけど、気持ち悪いんだよ」
ようやく異変にきがついたのか、ざわざわと周囲が騒がしくなる。
これは急いだほうがいいな、とどこかで冷静に考えながら私はもう一度、力任せにキミカの横顔を殴っていた。
そして、もう一度。
そして、もう一度。
そして、もう一度。
「童ノ宮だか稚児天狗だかしらねーけど! お前らなんかの神様にされるぐらいなら! ヒトミゴクウにされるぐらいなら! 親子で心中した方がまだましなんだよ!」
あっと言う間に――、キミカの可愛らしい顔は見るも無残な変貌を遂げていた。何度も殴ったせいかまぶたは腫れ上がり、口の端が切れ、顔中、痣だらけになっている。
だけど、私の心は痛まない。当たり前だ。私には心なんてないんだから。
とは言え――、私の手も何だかボロボロだった。普段慣れないことをしたのかも知れない。そう言えば母さんも私をしこたま殴った後、お前のせいで手が痛くなったとか、よく愚痴を言ってたっけ。
もはや、キミカは叫んでいなかった。
仰向けに倒れたまま、静かにすすり泣いていた。その弱々しい姿に思わずため息が出る。
こいつは優しすぎる。だから、死ぬ。
「……キミカちゃん。楽にしてあげるね」
身をかがめ、私はキミカのか細い首に両手をかける。背後ではまだマキオが号泣し続けている。
凄まじい状況だなぁ、とどこか他人事のように私は思う。
こういう状況、世間では何て言うんだったっけ?
と、その時だった。
視界の隅にスーツの袖に包まれた細い腕が飛び込んできた。
そう思った次の瞬間、喉をガッと締めあげられ背中を突き上げられ、私は爪先立つような姿勢でその場に直立する。自分で立ち上がったんじゃない。強制的に引きずりあげられたのだ。
誰かが背後から私にピッタリと密着していた。私の喉元にしっかりと腕を、細いけれど鋼のように力んだ腕を喰い込ませてくる。
あっと言う間に気道が狭まり、私は呼吸困難に陥る。声をあげたくても声は出ず、視界がかすみ、ジンワリと暗くなり始める。ギョッとする心拍数が跳ね上がり、全身が燃えるように熱くなる。
フーッ、フーッ……。
極度に興奮しているらしい。
背後から私に組み付いたその誰かは、低く荒い息を整え、
「……博士。ゼナ博士。……いいですよね?」
震える声で言った。若い女の声だ。
もっとも背後から首をしっかりと固められているため、どんな相手なのか、窺い知ることはできなかったが。
「こいつ――、この女の首の骨、折っちゃっても。ね? いいですよね?」
「ダメに決まってるだろ。何言ってんの」
呆れたようにそう言いながら――、私達に誰かが近づいて来る。
それは上着に白衣を着た女だった。
多分、私の後ろから組み付いているやつより年上で三十代前半。
眼鏡がよく似合う小顔な美人だが、その目つきは鋭い。いかにも仕事ができそうな現場主任的なイメージで、医者か科学者と言う感じだ。下腹部には私にも身に覚えのある膨らみ。恐らく妊娠しているのだろう。
それはいいとして……。
袖口から見える女の両手は黒光りする鉄製だった。よく見れば鉄だけではなくもっと多彩で複雑な素材で構成されているのがわかる。
私はよく知らないが、最近はバイオニクスとかサイバネティクスといった人体補助や拡張のための技術が急速に進化していると聞く。
多分、女の両腕は義手なのだろう。
「あのね、姫宮。怪異や呪物とは違うんだよ? 人間をディスポーズするというのならそれなりの理由が必要だ。その手続きを経なければ、姫宮。君はただの犯罪者だ。……その辺、理解してる?」
「で、でも、ゼナ博士。この女はキミカちゃんに酷いことを……」
「まっ、確かにそうだね」
ゼナ博士、と呼ばれた女が悩ましげに前髪をかきあげる。
それから地面の上で横になっているキミカの上体をそっと――、まるで花でも摘むかのように優しく抱き上げていた。
片膝をつき、自分の腹をかばいながら。
血によごれ、腫れ上がったキミカの顔をジッと見つめた後。
ゼナ博士はゆっくりと私をふり返った。その顔からは一切の表情が抜け落ちていて。眼鏡の奥から射殺すような鋭い眼光がこちらに向けられていた。
「今の君に何を言っても仕方がないだろうが――、これはないな。……嫌な予感に突き動かされ、キミカちゃんの後を追ったのが不幸中の幸いだったが。こんな事におなるなら最初から我々が組織として動けばよかったね」
「な、何なんだお前らぁ! 一体、どこの馬の骨だよ! お前ら、キミカの仲間か!」
喉を締め付ける力が弱まり、私は反射的に叫んだ。正直に言えば童ノ宮――、神社の関係者には見えない。
「キミカは私からマキオを奪って、稚児天狗とか言うわけのわからない化け物にしたんだ! そんなことされて許せるか!」
ゼナ博士がまたため息をつく。さっきよりもずっと大きく。
「マキオ君ね。……彼ならあそこでずっと泣き叫んでいるが? かわいそうに。一人ぼっちで震えてる。君がそうした。その自覚はあるのかな?」
「うるせぇええ!馬鹿野郎ぉおお!」
ゼナ博士に向かって私は叫んだ。いや、吠えた。
もう、ウンザリだった。もう、何もかもどうでもいい。
「文句があるなら、私の所業が許せないっていうなら殺せよ! 底の包丁を拾って! ブスッと刺せばいいだろうがよぉおお!」
しかし、ゼナ博士は私の挑発には乗ってこなかった。
「……悪いけどね。君のその馬鹿丸出しなご要望には添えない」
淡々とゼナ博士が告げる。ひどく酷薄な表情のまま、ゼナ博士は私を見つめ続けていた。
「狂気に陥ったり、死に逃げ込むことも許さない。同じ母親としてね。……だって、君は一度はあの子を受け入れて抱きしめたんだろ? その責任は話すべきだ」
「……な、何? せ、責任って何の話?」
「おやおや。君の自己欺瞞はそこから始まっていたのか。……そりゃ怪異にもつけこまれるよ。相当きつい荒療治が必要になるかもね」
私はゼナ博士を見た。ゼナ博士も私を見ていた。
ゼナ博士の眼差しは冷徹だったけれど、私の怒りやぶべつはもちろん、憐れみの情すら感じられなかった。ただひたすらゼナ博士は私を凝視していた。
ああそうか、と私は理解していた。
この女はいわゆる観察者タイプだ。ゼナ博士にとってきっと私は実験動物か何かで、実験材料とか、監視観察の類なんだろう。
「さて、と。不毛な会話はこれまでして――。君のことは取り敢えず後回しだ」
またゼナ博士が言った。
半ば予測していたことだが、彼女は私の名前を知っていた。
「いろいろと準備も必要だし、正直、私達は子供達のケアを優先させたい。……言っておくがこれだって君の仕出かしたことの後始末だからね? 感謝して欲しいな」
それからゼナ博士は、私の背後に組みついたままの人物に指示をする。
「姫宮、眠らせて」
「はいっ」
短くも良い返事が耳の後ろから聞こえた直後だった。
首の後ろをぐりっと太い木の棒で押されたような感触。抵抗する暇もなかった。ぐるん、と目が回って世界が反転。足元に真っ暗な大穴が開き、私を、私の魂を吸い込むイメージが沸き起こる。
その直前、
「しばらく休むといい、栗原ミサキ」
ゼナ博士の声が頭の上で響いた。
「恐らく次に目が覚めた時が君にとって本当の地獄の始まりだ。……だけど。怖がらなくていい。私達が最期まで付き合ってやるから」
コメント
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いやあ、今回もすごい回でしたね……。ミサキさんの「お前なんかに私達親子の何がわかる」から一転、キミカちゃんを♡♡♡うとする流れ、そしてキミカがまさか刃物を持つミサキを自分に引き寄せるとは思わなかった。それでいて最後、ゼナ博士と姫宮が登場して一気に組織的な存在が見えてくる。伏線や設定がどんどん重なって面白いです。特にミサキの自己欺瞞を指摘したゼナ博士の「同じ母親として」という台詞が刺さりました。続き、楽しみにしてます。
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