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教室の空気が、ねっとりと絡みつくような悪意で満ちていた。
蓮司が何を言ったのかは誰も知らない。ただ、昼休み明けの教室で、遥の机が後ろに引きずられ、日下部の椅子が教壇の前に置かれていた。まるで“見せしめ”のための配置のように。
「なんで、お前らくっついてんの?」
誰とも知らぬ声が、笑い交じりに教室を斜めに走る。遥は無表情のまま、黙って椅子を戻そうとするが、その手を別の男子が軽く払った。
「触んなよ、“奴隷”。お前が座る場所、そこじゃねえだろ?」
クスクスと笑いが起きる。遥は一瞬だけ、声の主に視線を向けた。その目は感情の欠片も宿していなかった。けれど、それが逆に、子どもじみた集団に火をつけた。
「日下部もさ、ほんとに気づいてねえの? こいつ、どこまで“やらせ”てんの?」
「……は? なんの話だ?」
日下部は問い返す声に力を込めることができなかった。彼の表情はどこか曖昧で、自分でも何を信じているのか揺らいでいるようだった。
「お前がいないとき、いろいろやってたんだよ? 知らないんでしょ?」
そう言いながら、何人かがスマホを掲げる。画面には、遥が押さえつけられたまま、無理やり何かを飲まされているような低画質の動画。教室のどこかで、誰かがわざと大きな音で再生する。
「見ろよ、これ。“自発的”らしいぜ? すげーよな」
日下部の拳が震えていた。目の端で遥を見た。遥は、そこに“在る”だけのように、無関心を装いながら沈黙していた。
「俺……知らなかった。こんな」
「ほんとに? 蓮司が言ってたよ。お前、“共犯”だって」
蓮司の名前が出た瞬間、周囲の空気が一段、冷たく濁った。
「だって、お前――」
「黙れ」
遥が小さく言った。誰に向けたのか分からないその一言に、空気が一瞬だけ止まる。
けれど次の瞬間、机が蹴り飛ばされ、教室に乾いた音が響いた。遥の前に置かれていた弁当箱が、床に散らばる。
「反抗した?」
「やっぱり、こいつ、“調子乗ってんじゃね?”」
笑いの中に混じって、誰かが机の角で遥の肩を押しつけた。重い音がして、遥の身体が前につんのめる。
「ほら、“騎乗位”ごっこでもやってみたら?」
言葉は次第に下卑ていき、周囲の空気がさらに壊れていく。日下部は一歩、遥に近づこうとしたが、その足を別の男子に引っかけられ、膝を打った。
「お前もさ、もう逃げらんないよ」
「“一緒”でしょ。可哀想な“恋人ごっこ”」
教室全体が、仕組まれた台本に従うように“演じて”いた。蓮司の姿はなかったが、彼がこの演出の“演出者”であることは誰の目にも明らかだった。
遥は、それでも口を閉ざしたまま、日下部と目を合わせない。
ただ――
その背筋だけが、折れたようにゆっくりと沈んでいく。