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#幼なじみ
一週間後、この日は、優人がこの病院に来てから初めての手術が行われる日だった。
執刀するのはもちろん優人。念のため、院長の野中も補佐として入ることになっている。
手術予定の患者・広田を手術室へ運んだ看護師二人が戻ってくると、ナースステーションにいた看護師たちがさっと集まった。
「どうだった? 尾崎先生の様子は?」
「ちょっと緊張してるように見えたけど……どうなんだろうね?」
「本当に“手術がトラウマになった名医”なの?」
「そうらしいよ。看護学校の同期が尾崎先生のいた大学病院にいて、有名な話なんだって」
そのとき、奥から平子由希がつかつかと歩いてきて、看護師たちに声をかけた。
「ほらほら、おしゃべりしてないで持ち場について~」
その声に、ひとりの看護師が興味津々といった様子で尋ねる。
「由希さんは気にならないんですか? 名医だったのに、奥様の死で再起不能になっちゃったって噂」
その問いに、由希は顎をツンと上げ、余裕の笑みを浮かべて言った。
「過去のことでしょう? それに、名医だった人なら医者としての勘なんてすぐ戻るわ。誰かが彼の心を癒してあげればね」
その言葉に、周囲の看護師たちは「ひゅ~」と口笛を鳴らした。
「さすが、由希さん! 狙った獲物は逃さない!」
「由希先輩みたいに綺麗で有能な看護師がそばにいたら、尾崎先生の心も晴れますね」
「なんかドラマみたい! 妻の死で傷ついた名医が、赴任先で美人看護師と運命の出会い……そして復活! なんてね~」
看護師たちがはしゃいでいると、師長の小山内が近づいてきて、たしなめるように言った。
「ほらほら、おしゃべりばっかりしてないで、さっさと動いてちょうだい! お昼に行けなくなるわよ」
「「「「はーい」」」」」
看護師たちはがっかりしたように返事をし、それぞれの持ち場へ戻っていった。
そんな中、由希だけはどこか自信に満ちた表情で微笑んでいた。
(ふふっ、私が癒してあげる……)
そう心の中でつぶやきながら、ご機嫌な様子で仕事に戻った。
一方その頃。
少し緊張した面持ちで手術着に袖を通した優人は、手を洗いながら鏡に映る自分に向かって心の中でつぶやいていた。
(いつまでも無能な医師のままではいられない……。ここで再起しないと……)
優人にとって“医師”という職業は天職だ。
だからこそ、このままではいけないとずっと感じていた。
そして今、ようやく一歩を踏み出すチャンスが来たのだ。
絶対に成功させてみせる……そう強く心に誓った。
そこへ、同じく手術着を着た院長の野中がやってきた。
「おう、優人! 大丈夫か?」
「先輩……なんとか大丈夫そうです」
「今日の手術は、お前が若い頃に嫌というほど経験したやつだ。腕のいいお前は、誰よりも早く技術を身につけたじゃないか。あの頃を思い出して、肩の力を抜いてやれ」
「はい。サポート、よろしくお願いします」
「任せろ。じゃあ、行くぞ」
二人は真剣な眼差しでうなずき合い、患者の広田が待つ手術室へと向かった。
昼休み。
看護助手控室で手作りのおにぎりを食べていた七星に、同僚の百花が声をかけた。
「七星、お疲れ~」
「お疲れ」
百花は温めたコンビニ弁当の蓋を開けながら言った。
「ねえ、聞いた?」
「聞いたって、何を?」
「この前来た新しい先生、東京の大学病院で名医だったんだって」
「名医?」
「そう。なんか、急に倒れた有名な政治家を手術して、奇跡的に助けたらしいよ」
「ふーん」
「テレビの記者会見にも映ってたんだって。帰ったらお母さんに聞いてみよっと」
「へえ……」
百花はさらに声を潜める。
「それだけじゃないんだよ」
「まだ何かあるの?」
「うん。実はあの先生、数年前に奥様を亡くしたんだって」
「…………」
七星はおにぎりを持ったまま、思わず手を止めた。
「でね、そのショックで手術ができなくなっちゃったんだって」
「手術を?」
「そう。で、リハビリのためにうちの病院へ来たらしいって、さっき迫田さんから聞いちゃった」
迫田は、看護助手たちに唯一優しく接してくれる二児のママ看護師で、ときどきこうした情報を流してくれる。
「ふぅん。でも今日手術するんでしょ? さっき手術室に入っていくの見たよ」
「どうなんだろうね。まさか失敗したりして?」
「ちょ……やめてよ。広田さん、いい人なんだから」
「冗談だって。広田さんの手術は比較的安全だから、リハビリ代わりにまずそこからって迫田さんも言ってた」
「そっか……なら大丈夫か」
百花は弁当をつつきながら、ぽつりと言った。
「でも、結婚してすぐ奥様が亡くなるなんて……悲劇だよね。イケメン医師って若い頃派手に遊んでたりするから、罰が当たったのかな?」
その言葉に、七星は少しムッとして言い返した。
「そんなこと言うもんじゃないよ」
「ごめん! でも、そう思うじゃん。尾崎先生超イケメンだから、若い頃、相当女を泣かせたのかな~ってさ」
「あの先生は、女遊びなんてしないよ」
「え? なんで分かるの?」
「見てればなんとなく分かるよ。たぶん、見た目と違ってすごく真面目な人だと思う」
「ふーん……私にはそうは見えないけどなあ」
百花が不思議そうに首をかしげる横で、七星は静かに視線を落とし、優人の過去へと思いを巡らせていた。
コメント
25件
女豹の平子さん、すっかり浮かれているけれど…😁 全くお呼びをじゃありませんよ〜🤣
人は見かけで判断するけれど、本来の姿は本人しかわからないんだと思う。 七星ちゃんは、ちゃんと見えているから凄いと思う。
お互いに知らなかった過去を知って見方が変わってきましたね。 癒してくれるのは七星ちゃんだけだと思うよ〜