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第18話:カードなしの初恋
放課後の図書室。
教室よりも静かな空間には、ページをめくる音と時計の針の音だけが響いていた。
窓際の席に座る少女は、カードを持っていなかった。
榊ユラ(さかき・ゆら)、1年生。
栗色の髪を首のあたりでまとめ、大きめの丸眼鏡をかけた少女。制服の袖口は少し擦れていて、鞄の中には図書カードしか入っていない。
彼女は“恋レア非対応者”だった。
体質的な問題で、恋レアカードがうまく反応しない。
心拍データや視線ログに微弱な誤差があり、カードが“感情を検知できない”と判断するらしい。
つまり、ユラの恋は、演出にすら選ばれない。
周囲の生徒たちが、スコアや使用ログで恋を語る中、彼女だけが静かにページをめくっていた。
その日、ユラの前にひとりの男子生徒が座った。
加賀ヒナタ、2年。
細身の体格に黒縁メガネ、白いシャツは第一ボタンまで留めていて、見た目は真面目そのもの。だが、胸ポケットには複数の恋レアカードが入っている。
ヒナタは恋レア使用者だ。しかも、恋愛スコアは学年でも上位。
けれど、彼はユラにカードを見せなかった。
ふたりは何も話さなかった。
ただ数日間、同じ時間に図書室にいて、本を読むだけだった。
ユラが彼に初めて声をかけたのは、その週の金曜日。
ページをめくる音を止めて、顔を上げて言った。
彼の目を見て、はっきりと声に出した。
カードの演出も、ログもなかった。
ただ、それが彼女の“はじめての恋”だった。
それをきっかけに、ヒナタは恋レアアプリを開かなくなった。
使用ログは途絶え、スコアは日々下がっていく。
SNSには“失速したユーザー”として名前が載り、心配する友人からチャットが届いた。
だが、ヒナタは返さなかった。
図書室で交わす言葉。
廊下ですれ違う視線。
昼休みにだけ共有される静かな時間。
それらはすべて、演出ではなく、“ふたりだけの感情”でできていた。
天野ミオは、その様子をときおり見かけていた。
本の影から見えるふたりの距離、カードを使わず向き合う姿。
恋レアが主流となったこの社会の中で、誰にも気づかれず育つ“本当の恋”。
彼女はそのふたりを見ながら、自分の中にもある“カードに頼らない気持ち”を、少しだけ信じてみたくなった。
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