コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
頭ん中がまだ少しぼぉっとしながらも、何とか今日も居酒屋でのアルバイトを終えて、今は更衣室で着替えをしている。大学の講義室なんぞで痴態に及んだ余韻が脳髄にまで響いていて、まだ熱が消え切らないせいで不調なままだ。
コレも全て琉成が変態だからだな。
俺は一切悪くないと八つ当たりに近い感情になりながらバイト中に着ていた制服代わりのTシャツを脱いで、急いで自分の服に着替えていく。暇をみては必死に食べ続けているってのに痩せていて、脂肪がほぼ無いからか筋トレをしても目立った効果が出ず、あばらなどの骨が浮いているせいもあるが、一番はやはり全身にある“抱かれている側の痕跡”なんぞを他人には見せたくない気持ちの方が大きい。体のそこかしこに噛み跡やキスマークが残っていては、バイト仲間からどんなツッコミが入るかなんて想像もしたくなかった。
(……また随分とつけやがったな、アイツ)
軽く服の襟ぐりを引っ張って、自分の貧そうな体を覗き見ながらそんな事を思った。胸も腹も腕にさえ、見てはいないが多分太腿にだって跡があるだろう。痕跡が消える前に増えていくので、全てが消える日が来るのはいつの事になるのやら……。
あの後。午後から授業のあった琉成とは早々に別れて、俺は一度自分の部屋に戻った。頼まれていた洗濯物をベランダから回収し、それらを畳んで片付ける。そしてシャワーを浴びてベタベタだった体を綺麗に洗い、復習を済ませてからアルバイト先へと向かって、今に至る。
幸いにしてバイト中の失敗はせずに済んだが、直前までしていた復習に関しては頭の中に残っている気が全くしなかった。
「お先に失礼しまーす」
更衣室を出て、店内にまだ残っている人達に声を掛けて外に出る。
四月も末だとはいえ、夜になるとまだ少し冷える気温のせいで体を軽く震わせ、上着を少し上げて口元を隠すと、道路側にある柵に腰掛けていた男に「圭吾!バイトお疲れ様ぁ」と声を掛けられた。声の主が誰かはすぐにわかった。琉成だ。
「……また迎えに来たのか」
「あぁ、うん。だって危ないだろう?美味しそうな圭吾が一人で夜中に歩くなんてさ」
アホな事を言い、ふふーんと笑いながら琉成が誇らしげな顔をして俺の横に並び立つ。
身長は近めでも、真横に立たれると俺の体の薄っぺらさが際立ってしまうので何だか辛い。それなのに琉成が変な事を言うもんだから、呆れ顔しか出来なかった。
「それじゃあ一緒に帰ろうか」
「当たり前だろ、同じ部屋に住んでんだから。コンビニには寄るか?」
「んー……俺はいいや。圭吾はまかない飯食べたんだろうけど、まだ食べたそうな顔だねぇ。でも大丈夫!夜食作ってきたから、帰ったらソレを食べてよ」と言った琉成の手にはドラッグストアのマークが印刷されたビニール袋が握られていた。
「またレジで袋買ったのかよ、勿体ない」
(部屋には夜食がある割には、随分な荷物だな。日用品か?)
真っ白な袋は色合い程度しか中身が透けて見えず、何を買ったかまではわからなかった。
「そんな事ないよ、リサイクル出来る買い物袋がいくらすると思うの?色々詰め込むせいで高い割には案外壊れ易いし、好きなデザインの物を使える以外には利点が薄いと思うなぁ。あれを買うよりも、一枚数円で買えて、家ではゴミ袋としても使えるこっちの方が結果的には安上がりだと俺は思う」
「んなら百均の買い物袋を買えばいいじゃん。それにアレは、利点がどうこうじゃなくって、地球に優しいとかエコだからやれって話だろ」
「まぁそこは置いておいて、さ。こだわりが無いなら百均のがいいんだろうけど、使い捨てじゃない鞄はやっぱデザインとかにも拘りたいんだよねぇ」
「……めんどくせっ」
最近随分とオシャレになった琉成に言われると納得しか出来ない。やっぱモテたいのかねぇ、コイツも。
「圭吾はそういう拘りないもんね」
「拘ってる余裕なんか無いからなー」
実家からの仕送りなんて雀の涙だし、大学には奨学金を借りて行っている身だ。バイトでの収入は今後の学費返済為に貯めたり、生活費に使わねば。ルームシェアのおかげで随分と安上がりに済ませられてはいるが、それにも限界がある。
「俺が贈ろうか?」
「は?ふざけんな。お前だって余裕ねぇだろ」
バシッと琉成の胸を叩いたが、そう言えば最近コイツが『バイトに行って来るね』と言っていない事に気が付いた。もしかして高校時代に貯め込んだ分でしばらくはどうにかなっているんだろうか?
「まー……うん。でも鞄くらいは贈らせてよ、ブランド物の高いやつをって話じゃないんだしさ」
「んじゃ、誕生日とかでな」
「いや、誕生日プレゼントにエコバックはないでしょ」
「いんじゃね?実用的で」
——なんてくだらない話をしながら俺達二人は、バイト先から部屋までのんびりと歩いて帰った。大学の校内であんな事をされたっていうのに俺は、やっぱりコイツと何の気なしに話す時間が好きみたいだ。