第25話:恋レアの暴走
春の文化祭当日。
校内は装飾で彩られ、教室ごとに模擬店や展示が並んでいた。
来場者も多く、校内ネット回線にはアクセスが集中していた。
その中心で、トラブルは静かに始まっていた。
生徒たちが使っていた恋レアアプリに、演出強制発動バグが発生したのだ。
予定していないタイミングで《すれ違い演出》や《告白補助》《感情波共有》が自動で作動し、ユーザー同士の意図と無関係に“恋の演出”が現実に流れ出す。
教室の入口では、男子生徒ふたりが《偶然の触れ合い》を無自覚に発動し、手を取り合って困惑していた。
廊下では、ペアで来ていた女子たちのスマホが一斉に鳴動し、未使用カード《ときめき拡張》が暴走。校内の照明がピンク色に変わった。
教師が慌てて放送で注意を促す中、校庭にいた天野ミオは手元のスマホを見つめていた。
今日のミオは、制服の上に春色のパーカーを羽織り、髪は後ろでひとつにまとめられている。
胸元のリボンは外してあり、顔にはほんの少しだけ緊張が浮かんでいた。
彼女のスマホには、《一目惚れの再定義》の未発動カードが、勝手にスキャンされようとしていた。
ミオはすぐにアプリを閉じ、強制停止操作を行った。
それでも、端末内では処理が暴走し、視界に小さな“演出待機マーク”が浮かび続けている。
校舎の裏、物陰に避難するようにしてやって来たのが、大山トキヤだった。
今日は黒のシャツにグレーのパーカー、足元はスニーカー。文化祭の装飾テープが左の靴に絡まっていた。
彼もアプリの誤作動に気づいていた。
本来なら、自分のスマホにはカードが存在しない。
だが、学校の回線トラブルに乗じて、過去のログが再起動されたのか、古い記録の《沈黙演出》が表示されていた。
それは、彼が中学時代に使った、封印したはずのカードだった。
ふたりは顔を見合わせる。
互いの端末からは、不要な演出音が断続的に鳴っている。
アプリの暴走が、彼らの過去の“告白未遂”や“沈黙ログ”をも勝手に引き出し、今ここに再現しようとしていた。
ミオは意を決してスマホの電源を落とした。
そして、トキヤに目を向けた。
彼もまた、静かに電源を切り、ふたりの間にある演出をすべて消した。
演出に支配された世界が、今日だけは本当に危うく見えた。
好きな人と、手を繋ぐ。
好きな人に、声をかける。
その行動を、カードやアプリが“先に動いてしまう”のなら――それはもう、自分の感情じゃない。
文化祭は騒然とした空気のまま終了した。
ミオとトキヤは、人気のない廊下に腰を下ろしていた。
誰もいないその場所で、ミオは静かに言葉を探していた。
カードがなければ、言えないと思っていた。
でも、今は、言葉を持て余すほど、自分の中に“気持ち”があった。
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