テラーノベル
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体育館の床は、少し冷えていた。
ワックスの残った匂いと、ゴム底が擦れる音が混ざって、空気がどこか重い。
授業の後半、種目は自由に任されていて、バスケやバレーに分かれて動いているが、そのどれにも入らない場所が端にできている。
視線が届きにくく、声も混ざりやすい位置。遥はその端にいた。最初から外される形で、特にやることもなく、ただ立っているだけの位置。
さっきまでの疲れが残っている。呼吸は戻っているはずなのに、胸の奥がまだ少し重い。腕にも鈍い痛みが残っている。
背後で笑い声が上がる。
「なあ、やろうぜ」
軽い声。誰に向けたものかははっきりしている。
「いいじゃん、ちょうど」
別の声が重なる。
振り返る前に肩を掴まれる。そのまま引かれる。踏ん張る余裕はない。
「ちょっと待って」
言う。
「何が?」
すぐ返る。
笑いが混じっている。
「いいから来いよ」
押される。体育館の中央から少し外れた、マットが積まれている場所まで連れていかれる。
「リングな」
誰かが言う。
その一言で、周りの空気が固まる。
「やめろって」
言う。さっきより少し強く。
一瞬だけ間ができる。
そのあと、温度が落ちる。
「は?」
低い声。
「なんで拒否ってんの?」
腕を引かれる。バランスが崩れる。
「ノリ悪」
別の声。
背中を押される。マットの上に倒れる。
衝撃は柔らかいはずなのに、体のあちこちに残っている痛みが一斉に反応する。
「ほら、立てよ」
上から言われる。
立ち上がろうとする。肩を掴まれる。そのまま引き上げられる。
「逃げんなよ」
距離を詰められる。
「プロレスだろ?」
笑いながら言う。
ルールは最初からない。
腕を取られる。無理に捻られる。関節が引っかかる感覚が走る。
「痛い、やめろ」
出る。
「効いてんじゃん」
笑いが広がる。
そのまま引かれる。体勢が崩れる。足がもつれる。
マットに叩きつけられる。
空気が抜ける。
「弱」
上から声が落ちる。
首に腕が回る。締められる。逃げようとすると、さらに力が入る。
「タップしろよ」
笑いながら言う。
「……離せ」
絞り出す。
「聞こえねえ」
圧が強くなる。
視界が少し狭くなる。
「ほら、降参しろって」
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Ren .
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周りから声が飛ぶ。
「言えよ」
「ちゃんと」
逃げ場がない。
「……やめて」
出る。
一瞬、間ができる。
そのあと、すぐに崩れる。
「違うだろ」
腕が少し緩む。
「降参です、だろ」
訂正される。
喉が詰まる。それでも出すしかない。
「……降参です」
言い直す。
笑いが戻る。
「はい一勝」
誰かが言う。
だが終わらない。
「次いこうぜ」
すぐに声が重なる。
引き起こされる。足元がふらつく。
「もう一回な」
拒否する間はない。
背中を押される。体勢が整う前に足を払われる。
倒れる。今度は受け身も取れない。
「遅」
声が落ちる。
腹に膝が乗る。体重がそのままかかる。
息が詰まる。
「ほら、返せよ」
上から言われる。
返せる余裕はない。
動こうとすると、腕を押さえつけられる。
「何もできねえじゃん」
笑い。
「つまんねえ」
その一言で、方向が変わる。
首を掴まれる。無理やり起こされる。
「じゃあこれな」
誰かが言う。
そのまま、また締められる。さっきより強く。
「声出せよ」
周りから声が飛ぶ。
「さっきみたいに」
圧がかかる。
息が入らない。
視界が揺れる。
「……やめて」
また出る。
「小さい」
即座に返る。
「聞こえねえ」
さらに締まる。
「やめて、やめて」
繰り返す。
笑いが広がる。
「出てるじゃん」
「最初からそれやれよ」
声が重なる。
少しだけ緩む。
その瞬間に空気を吸う。喉が痛む。
だが終わらない。
背中を押される。また倒される。
今度は複数で押さえられる。
腕。肩。足。
それぞれ固定される。
「動くなよ」
低く言われる。
動けない。
完全に押さえられる。
「カウント取るか」
誰かが言う。
笑い。
「いーち」
床に肩が押し付けられる。
「にー」
押さえる力が強くなる。
「さーん」
終わりが決まる。
だが解放はされない。
そのまま少しだけ押さえ続けられる。
「雑魚すぎ」
声が落ちる。
手が離れる。
力が抜ける。
だがすぐに起き上がれない。
呼吸が整わない。
周りはもう次に移っている。
笑いながら別の話をしている。
何もなかったみたいに。
遥はマットの上に残る。
ここでは、遊びの形をしていても中身は同じで、ルールは最初から一方にしか適用されない。勝ち負けも関係なく、やられる側であることだけが固定されていて、それが変わることはない。
コメント
1件
読了しました。体育館の冷えた床の質感から始まる空気感が、読んでいるこちらまで息苦しくなる描写で…「弱」「雑魚すぎ」という言葉の軽さと、遥の内側でじわじわと積もっていく痛みの対比が、胸に刺さります。特に「降参です」と言い直させる場面の、声を押し♡♡♡しかないもどかしさが鮮烈に残りました。ruruhaさんの、身体の感覚と心理を切り離さずに描く筆致、とても好きです。続きが気になります。