テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
稚児天狗体験イベント……。一見、無害そうなそのネーミングに底知れぬ嫌な予感を覚えながら、キミカちゃんに案内され、私は特設ルームへと急いだ。
……特設ルームは照明が押さえられ、他より薄暗かった。
解説動画を延々と流している壁掛けの大きなモニターの前に小さな人影。
他に人の姿はなく、一目でマキオだとわかったが――、私は思わず息を飲み、その場で足を止めていた。
髪の毛は長く、背中の真ん中まで伸ばしたお姫様カット。頭の上には複雑な形状の金細工、冠が載せられており、右目は大きな眼帯が覆っている。そして、身に着けているのは、青と緑色のきらびやかな稚児装束……。
どうして? 私はすっかり動揺していた。
どうして、マキオがこんな恰好をしているの? これじゃまるで、さっき絵巻で見た稚児天狗みたいじゃない。
「よう似合ってるよね、マー君」
暗がりの中、クスッとキミカちゃんが笑う。
「それに、さすが人気子役やね。ちょっとカツラ被って、眼帯つけて、上衣を着ただけで全然雰囲気かわるんやもん」
ああ、そっか。あれは言うならばコスプレなのか。
じゃあ、稚児天狗体験と言うのは――。
――シャン。
金属のうち鳴る澄んだ音が聞こえた。
マキオが片手に握りしめていた錫杖を揺すり、輪の部分を打ち鳴らした音だ。
――シャン。
マキオが向き合っているモニターの中で流れているのは、昭和中期を思わせるざらついた質感の映像だった。
場所は童ノ宮の境内。どうやらそこでは御神楽が執り行われているらしく、稚児天狗の姿をした子供達が片手で印を結び、もう片方の手で錫杖を打ち鳴らしている。
目の前のマキオと古い御神楽の映像。
初はズレのあった両者が次第にシンクロして行き――。
――シャン。
重なり合った錫杖の音が特設ルームに涼やかに響く。まるでそれが異界からの警戒音のように感じられ、私は鳥肌が立っていた。
ダメだ。これは。上手く言葉にできないけれど、早く止めさせないと。このままだと私の息子が――、マキオが別の何かに変わってしまう気がする。
「マ、マキオ……」
錫杖を鳴らし続けるマキオを驚かさないよう、できるだけ静かに私は静かにそのかたわらに近づいていた。
「待たせてごめんね。でも、そろそろ別の場所に行こうか……」
マキオがふり返った。血の気の失せた白い顔。大きく見開かれた瞳は黒々として、こっちを凝視している。
ドキン、と心臓が跳ね上がる音が聞こえた。そして、直感的に悟る。
あ、この子はマキオじゃない。いや、間違いなく見た目は私の息子なんだけど――、私が十代で産んで、やっと五歳まで育てた栗原マキオとは別人だ。
「……あんた、何なの? マキオを、私の息子をどうしたの?」
自分でもゾッとするようなしゃがれた声が出た。そのおぞましさもあって、ジワジワと嫌悪感が胸の真ん中あたりを蝕む。
幼い子供相手にこんな問い詰めるようなことを口にするなんて……。しかも、マキオとうり二つなのだからなおのことだ。
「申し訳ございませぬ、母上様……」
マキオそっくりの男の子が無表情のまま、ボロボロと大粒の涙をこぼす。
「マキオの魂魄は今、稀薄となっておりまする。御神楽の映像に刺激され、まろの意識が一時的に強まりました故……」
「えっ。ひょっとして――」
驚いたように声を発したのはキミカちゃんだった。
「マー君にガッツリ降りてもたって感じなん? 童ノ宮の神様が何でそんなこと……」
「まろとて、好きで神になど成ったわけではない。ましてや天狗、人外になど誰が人外になり果てたがるものか」
男の子は絞り出すような声で応える。その小さい肩が小刻みに震えていた。
「まろはマキオが羨ましい。まろは神や天狗になるよりも――、母上様の子供になりたかった」
血を吐くような勢いで男の子が吐き捨てる。
あぁ、そうか。そういうことなのか。私は一人、納得していた。
だから、私はあの時、この子を抱きしめてしまったんだ……。
それから数秒の後――。
「……あ、あれ?」
両目に涙をたっぷり貯めたまま、男の子が間の抜けた声をあげた。
「お、おかしいな。……ぼ、僕、今、何やってたんだろ? ぜ、全然、分かんないんだけど……」
狼狽したように、助けを求めるように私達をふり返る男の子。
……いや、違う。この子はマキオだ。私が産んだ、私の息子。どんな理屈なのかよくわからないが、あの男の子からマキオに一瞬にして、切り替わっていた。
「ごめんね、マキオ。やっぱり、こんな仕事受けるべきじゃなかった。……ママのこと、許してくれる?」
「……いいよ」
しゃくりをあげながら頷くマキオの手を私は握りしめていた。それから強張った表情で私たち親子を凝視しているキミカちゃんに微笑みかけた。
「というわけだから、キミカちゃん。私たち、このまま東京に帰ります。……短い間、だったけれど大変お世話になりました」
「え、ええっ。だけど、ミサキさん。このままやったらマー君……」
キミカちゃんの言葉を最期まで聞かず、私はマキオの手を取って歩き始めた。
東京に帰ったら、と私は今後の予定について頭の中で考えをまとめ始める。
まず、岡崎社長にこれまでのことに対する感謝の手紙を書く。他はどうでもいいけれど、親子でさんざん世話になったあの人に対しては最低限の礼儀を見せておかなければ。
それから、それから……。
この子を連れて、本物のマキオが呑み込まれた川に向かおう。
#ダークファンタジー
#和風ファンタジー
#異能
#和風ファンタジー