その時突然声がした。
「何を見ていたんだ?」
いきなり人の声がしたので身体がビクッと反応する。
花純が声のした方を見ると、そこには上質なスーツをパリッと着こなした背の高い男性が立っていた。
花純の顔を見た瞬間、壮馬の眉がピクリと動く。
(今朝カフェにいた子だな…)
壮馬はすぐに気づいた。
そして花純の顔を真正面から見て思う。
優斗が言っていた通り、ナチュラルメイクの花純は派手さはないがとても美しい顔立ちをしていた。
花純のような清楚な美人は一度見たら忘れないだろう。
しかし、花純は無反応のまま不思議そうな顔をしている。
(ハッ? まさか俺の顔を忘れているのかっ?)
そこで壮馬がもう一度聞いた。
「木がどうかしたのか?」
「いえ…別に……」
花純は見ず知らずの男性に話す必要はないと思い口ごもる。
「君は一階のフローリストの人だよね? 木がどうかしたのかって聞いているんだ」
そこで花純はびっくりして言った。
「なんで私があそこで働いているのをご存知なのですか?」
(ハハッ、まじか。やっぱり俺の顔を忘れているのか……)
壮馬は急に笑いがこみ上げて来て可笑しくなる。
まさか一度会った女性に顔を忘れられているとは思ってもいなかったからだ。
うぬぼれている訳ではなく、本当にそんな事は今までに経験した事がなかった。
「ハハッ、俺はそんなに印象が薄いか? 今朝カフェで会ったよな?」
そこで漸く花純は気づいた。
「あっ…あの時の……」
花純はその時やっと、目の前にいる男性が『むっつり無口な人』だという事に気付いた。
「あっ…」
「どうも! やっと思い出してもらえたようだね」
「すみません、私、人の顔を覚えるのが苦手で…」
花純は言い訳のように言ったが、これは嘘ではなく事実だった。
元々花純は『人間』に対してあまり興味も執着もない。
だから相手の顔や名前をすぐに忘れてしまう。
もちろん仕事の際は失礼のないように集中して覚えるよう努力しているが、
一度仕事を離れてしまえばいつもこんな感じだ。
(植物の名前ならすぐに覚えられるのに…)
花純はいつもそう思う。
「ハハッ、君は面白い子だなぁ。で? 木を見て何を考えてた?」
「あ……」
「正直に言ってくれ、悪いようにはしない。うちの会社はこのビルを所有して管理しているんだ。気になる点があるなら是非
教えてくれないか?」
「あ、はい…えっと…向いてないなって思って…」
「向いていない? 何が?」
「木が…」
「木が何に向いていないんだ?」
壮馬は予想外の答えが返ってきたので、興味を引かれてつい問い詰める。
その時花純は、庭園デザイン設計部にいた頃を思い出し、
つい当時のように饒舌になる。
「ミモザやゴールドクレストは風に弱い樹木なんです。この空中庭園はビル風の通り道になっているのに、なぜあえて環境に適
さない樹木ばかりを植えているのかなぁって不思議で…。あの子達にとってここはかなり過酷な環境になりますから」
「過酷?」
「はい。今はまだ必死に耐えていますが、いずれ元気がなくなってくるでしょう。あ、ちなみに、あちらにあるオリーブもで
す」
「…………」
今までおとなしかった花純が、水を得た魚のように捲し立てたので壮馬は驚いていた。
(面白い子だな……)
壮馬は心の中でそう呟く。
(花屋の店員にしちゃあ随分テキパキと話すんだな…それも説明が理に叶っている…)
壮馬は感心したように花純を見つめる。
「君、色々詳しいみたいだね。本社から来たらしいが、以前はどんな部署にいたんだ?」
「なぜそれを?」
「いや……ちらっと耳にしたから…」
花純はその時、今朝の優香との会話を聞かれていたのだろうと思い続けた。
「本社では庭園デザイン設計部にいました」
「設計か……じゃあ元々こういう分野には詳しいんだな?」
「一人ではまだ設計をした事はありませんが、先輩方が取り組んでいるのをずっと手伝ってきましたので…」
「なるほど…じゃあ一通り知識はあるんだな?」
花純は頷く。
すると壮馬はポケットから名刺入れを取り出すと、名刺を花純に渡した。
そして花純に渡す。
名刺を受け取った花純は、申し訳なさそうに壮馬に言う。
「すみません、私の新しい名刺は来週届くので…..」
花純の新しい名刺が届くのは一週間後くらいになると優香が言っていた。
「苗字は? 下は『かすみ』だったよな?」
「はい…藤野花純です」
「字は?」
「藤の花に野原の野、『かすみ』はフラワーの花に純粋の純です」
それを聞いた壮馬は頷いた。
その時、壮馬のスマホが鳴った。
壮馬はすぐにポケットからスマホを取り出すと、
「じゃあまた!」
と言い、電話に出ながら坂道を上がって行った。
壮馬の後ろ姿を見ながら、花純はポカンとしていた。
(なんなの?)
しばらくその場に立ちすくんでいたが、腕時計に目をやると、
慌ててテーブルへ戻り弁当の残りを食べ始めた。
コメント
3件
壮馬さん人生初の顔を認識されてなかったショック受けたかな🥲人に興味のない、イケメン見ても目が♡にならない花純ちゃんに本能くすぐられたかな?
副社長の壮馬さんと 花純ちゃん.... 人の顔は全く覚えられないけれど、植物を語りだすと雄弁になる花純ちゃん。 そして、その様子を面白そうに見つめる壮馬さん。 二人の心の内面のギャップも面白いですね~🤭
ムッツリ無口なイケメン壮馬さんを覚えてない花純ンが木々🌲🌳🌴の事は饒舌に説明するギャップと清楚な美しさを兼ね備えた花純ンへの興味が強そうな壮馬さんのコンビがどうか変わって恋愛には進展するのかな〜⁉️とても楽しみ😊💗