テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夕方のシェルターは、珍しく静かだった。
ミゲロが木材を削る音も、ヌバーの無駄に大きい笑い声も止んでいる。皆それぞれ作業はしているのに、噂と資料と沈黙が重なって、空気だけが少し重かった。
そこへ、パルテナが一人で入ってきた。
いつものように連れもつけず、宣材用みたいに整えた笑顔もない。黒い帽子を目深にかぶっているのに、存在感だけは隠せていなかった。
モルリが最初に見つけて、露骨に眉をしかめる。
「今日は何。穴蔵見学の続き」
パルテナはやり返さないまま、湿った壁を見回した。
「思ったより、ちゃんと片づいてる」
「褒め方が嫌」
「それはごめん」
あっさり謝られて、逆にモルリの方が調子を崩す。
デシアは台本を閉じ、少し離れたところから様子を見ていた。サベリオは床へしゃがみ、工具箱の留め金を触っているふりをして聞いている。
パルテナは中央まで来ると、ぽつりと言った。
「私、ここ嫌いだった」
誰も返事をしない。
「湿っぽいし、狭いし、言い訳が似合いそうで」
「ずいぶんな言い方だな」
ミゲロが苦笑する。
「でも、ちょっと羨ましかった」
その一言で、空気の向きが変わった。
パルテナは帽子を外す。いつもなら整えている前髪が少し乱れていて、それだけで今日は別の顔に見えた。
「うち、何でも揃ってるの。衣装も、映像も、宣伝も。勝てって言われたら勝ち筋だけ選べる。でも、やってるうちに、誰の台詞を言っても同じ顔になっていく感じがして」
モルリが腕を組んだまま聞いている。
パルテナは壁に貼られた『春の音』のメモ書きを見た。
「この台本、悔しいのよ。穴だらけなのに、息してるから」
デシアの指先がわずかに動く。
「褒めたくせに刺すの、器用だね」
ヌバーが肩をすくめると、パルテナは自嘲ぎみに笑った。
「それしかやり方、知らなかった」
その顔が、前よりずっと若く見えた。
誰かを押しのける速度で前へ出ることに慣れすぎて、立ち止まる時の姿勢を知らない人の顔だ。
モルリが鼻を鳴らす。
「じゃあ一回くらい、笑われる側に来てみれば」
「簡単に言うね」
「簡単じゃないから言ってんの」
しばらく沈黙が落ちた。
遠くで橋の上を走る自転車の音がした。しずくが入口の鉄板に落ちて、乾いた音をひとつ鳴らす。
パルテナは帰るでもなく、居座るでもなく、その中間みたいな立ち方をしていた。
やがてデシアが静かに口を開く。
「台本、どこが惜しかったの」
パルテナはその問いを待っていたように顔を上げた。
「読む人が、自分を消しすぎてる」
視線はデシアへ向いていた。
デシアは一度だけまばたきをして、何も返さない。
パルテナは帽子をかぶり直す。
「今日はそれだけ。嫌味じゃなくて、本当に」
去り際、モルリが背中へ投げる。
「次来る時は差し入れ持ってきて」
「考えとく」
外へ出たパルテナの足音は速くなかった。
サベリオは工具箱を閉じながら、彼女が最後に残した言葉だけを頭の中で反芻していた。
読む人が、自分を消しすぎてる。