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ノックの音に、花梨が返事をした。
「はい」
ドアが開き、中へ入ってきたのは柊だった。
彼は、神妙な顔つきで花梨のそばまで来た。
「課長、どうされましたか?」
「いや、君が派遣の二人に呼び出されたのを見て、気になったから来てみた」
「え? わざわざ?」
花梨は驚くと同時に胸が熱くなる。
最近の柊は、花梨が働きやすい環境にいるかどうかを常に気にかけてくれていた。
「すみません。いろいろとご心配をおかけして」
「気にするな。優秀な社員に辞められたら困るから当然のことだ。で、何か問題でも?」
「それが……」
花梨が派遣の二人から聞いた話をそのまま伝えると、柊はすぐに萌香のSNSを確認した。
彼女のSNSは、誰でも閲覧できる設定になっていたため、すぐに見つかった。
「まずいな……」
「ですよね」
「顧客との個人的な付き合いは、上司が同伴すれば許される場合もある。売買成立後に感謝の気持ちで食事をご馳走したいという地主も多いからだ。でも、これは明らかにアウトだ。教えてくれてありがとう。さっそく上に報告するよ」
「よろしくお願いします」
花梨は、柊がすぐに対応してくれると知り安堵した。
「それと、午後からの内覧、よろしく頼むよ」
「はい。同行、よろしくお願いします」
「うん。今度こそ、浜田様の気に入るような方だといいな」
柊は優しい笑みを浮かべ、会議室を後にした。
花梨はその笑顔につい見とれてしまい、しばらくその場に立ち尽くしていた。
午後になると、花梨に問い合わせメールを送ってきた一ノ瀬という男性がやってきた。
一ノ瀬の隣には、もう一人男性がいた。
「いらっしゃいませ。担当の水島花梨と申します。本日はよろしくお願いいたします」
「お待ちしておりました。課長の城咲と申します」
四人は名刺交換をした。
一ノ瀬は50代後半、長身でガッチリとした体格の、日焼けしたハンサムな男性だった。
一方、その隣にいる横谷篤(よこたにあつし)という男性は、歳の頃は40代後半、スリムでさわやかな印象の男性だった。
二人を見た瞬間、花梨は直感でこう思った。
(今度はいけるかも!)
その時、名刺を見た柊が、横谷に向かって言った。
「失礼ですが、『創作和食処・夕桜』の横谷様ですか?」
柊の問いに、横谷は笑顔で答える。
「はい、そうです」
「やっぱり! 以前『夕桜』銀座店のオープニングパーティーに参加したことがあります。友人から誘われて……」
「そうでしたか! いやぁ奇遇だなぁ。ご参加いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。お料理もお店の雰囲気も、とても素晴らしかったです」
「ありがとうございます。いやあ、嬉しいなあ……」
すると、今度は一ノ瀬が口を開いた。
「なんだ、二人はそんな縁があったんだ」
「ええ」
「本当に偶然ですが……」
その場の雰囲気が、一気に和やかになる。
その後二人は、物件の説明を受けた後、現地へ内見に向かった。
浜田夫人の実家へ到着すると、四人は車を降りる。
車を降りた瞬間、横谷は感嘆の声を上げた。
「おおっ、桜の木があるんですね」
「はい。奥には枝垂桜もございます。後で、お庭の方もご案内しますので」
「ありがとうございます。楽しみだなあ」
庭の一部を見ただけで、横谷のテンションはかなり上がっているようだった。
玄関に入ると、今度は一ノ瀬が感嘆の声を上げる。
「立派な梁だなあ。建具も磨き込まれていい色合いになってる……これは、かなりの価値がありますね」
その言葉に、三人が深く頷く。
まだ部屋に入る前の段階で、二人の喜ぶ顔が見られたので、花梨は確かな手ごたえを感じていた。
(これはいけるかも……)
そう思った花梨は、背筋をピンと伸ばして二人を中へ案内した。
「ここが大広間です。庭に面して和室が三つ並んでいるので、壁を取り除けばレストランスペースになるかと……」
窓の外に広がる見事な日本庭園を見た横谷は、感動しながらこう呟いた。
「窓の外が、まるで日本画のようだ……。こういう素晴らしい庭が見渡せる店が作りたかったんですよ」
「横谷君のイメージ通りだね。これなら、ほぼ手を加えなくてもいけそうだな」
「はい。一ノ瀬さん、僕の希望通りの物件を探してくれて、本当にありがとうございます」
「気に入ってくれたならよかったよ」
二人の会話を聞いていた柊と花梨は、思わず微笑んで顔を見合わせる。
その後、屋敷をくまなく見て回った四人は、庭に出た。
「春は桜、秋は紅葉……最高じゃないですか!」
「うん。素敵な店になりそうだから、僕も妻と来ようかな」
「何言ってるんですか! 店を造るのは一ノ瀬さんの仕事ですよ?」
「あ、そうか!」
そこで、四人が笑い声を上げる。
笑いが落ち着くと、横谷が目を輝かせながら一ノ瀬に向かって言った。
「ぜひ雪子さんと来てください! 僕、腕をふるいますから」
「楽しみにしてるよ」
最初から最後まで良い雰囲気に包まれたまま、内見は無事に終わった。
玄関を出たところで、横谷が柊と花梨に向かって言った。
「この物件と出会えたのは、運命としか思えません。ぜひ、このお屋敷を私に譲っていただけませんか?」
横谷の真剣な表情を見て、花梨は胸が熱くなった。
(この人なら、このお屋敷をきっと素敵なレストランにしてくれるわ)
そう思いながら、彼女はちらりと柊を見る。すると、彼は穏やかな笑みを浮かべてうんと頷いた。
その表情を見て自信を持った花梨は、横谷に向かって言った。
「もちろんです! 横谷様が素敵なレストランにしてくだされば、きっと売り主の浜田様もお喜びになると思います。さっそくそのご意思、浜田様に伝えさせていただきますね」
花梨はそう言って、深々とお辞儀をした。柊も続いて頭を下げた。
その後、四人は再び支店へ向かった。
車の中で、こんな話に花が咲く。
「一ノ瀬様なら、きっと素敵なお店になるでしょうね。実は私、東京タワーの近くにある一ノ瀬様が手がけたお店に行ったことがあるんです」
「それは嬉しいなあ。ありがとうございます」
「窓を額縁に見立てた東京タワーの夜景、とても素敵でした。植物のシルエットを浮かび上がらせる演出も最高でした」
「褒めていただき光栄です。あの雰囲気は、自分でもかなり気に入ってるんですよ」
そこで、横谷も口を挟んだ。
「僕は、一ノ瀬さんのプロデュースは日本一だと思ってます。本当にセンスが最高なんです!」
「そんなに褒めないでくれよ。プレッシャーがすごいじゃないか」
照れたように言う一ノ瀬に、三人は一斉に笑った。
こうして浜田夫人の実家は、建物の良さをそのまま生かした店づくりを計画する横谷と一ノ瀬に、無事引き継がれることになった。
コメント
67件
俊さん💕💕(只今読んでおります)浜田さんの物件の良さを活かせる素敵な縁で良かった🫶 浜田さんもきっと喜んでくれそう👏👏良かったね花梨ちゃん✊🏻*✭
ノックは柊さんでホッとしました^_^ 花梨ちゃんも柊さんワールドにハマってきましたね😊 そして! きっとオープンの時には、俊さんと雪子さんが登場ですね😊 楽しみです💓
キャ─(*ᵒ̴̶̷͈᷄ᗨᵒ̴̶̷͈᷅)─💖💖俊さーん💖💖 間に合った…俊さんご登場に…ඉ́ ̫ ඉ̀ ねね!花梨ちゃん!俊さんイケオジのイケボでしょ〜🫠🫠ྐ❤︎ྐ❤︎ でもね、とっても素敵な奥様の雪子さんととってもお似合いなの🤩🤩憧れ🤩🤩 花梨ちゃんおめでとう👏浜田の奥様も大喜びね〜✨ その銀座で創作和食処を営んでる40代後半でスリムでさわやかな横谷篤さん…ちょっと気になるわ〜壁|ω・)ジーッ… 屋号も素敵!夕櫻🌸 新店舗オープンしたら、プレオープンとは別に柊さんお席予約して、花梨ちゃんを誘ってお食事行くってもう決めたよね(*//艸//)♡ウフフ でもおめでたいけど、花梨ちゃんが契約成功したとしって卓也はどうするんだろうねぇ。必ず接触してくるはず…気を付けて😥 脳内お花畑のそっくりモエちゃんキミくんの終幕は⤴︎⤴︎ワクワクでいっぱいε٩(๑˃ ᗜ ˂)۶з