翌朝瑠璃子は元気に目覚めた。
昨夜大輔からの告白を受けて瑠璃子の身体は力が漲り充足感に満ちていた。
あれから何度も何度もあの時の事を思い返す。
いつもは瑠璃子を『君』と呼ぶ大輔が『瑠璃ちゃん』と名前で呼んでくれた事が嬉しかった。そしてなぜか名前で呼ばれるとしっくりくる気がした。
寡黙な大輔が大声で愛の告白をしてくれた事にも感動を覚えていた。言われてみて自分がその言葉をずっと待っていた事にも気付いた。
瑠璃子は出掛ける準備をしながら、今日どんな顔をして大輔に会えばいいのかと悩む。
しかし悩んでも仕方がないのでいつも通りに接する事にした。
大輔の車が到着し助手席に乗り込むと瑠璃子は笑顔で言った。
「先生、おはようございます」
瑠璃子の表情は女としての自信に満ち溢れ眩しいくらいに輝いていた。そんな瑠璃子を見て大輔は精神的な安定が女性の心身に与える影響の大きさを知る。今日の瑠璃子は本当に綺麗だった。
「おはよう。昨日はよく眠れたかな?」
「先生のせいで睡眠不足です」
「その割に元気そうだけれど?」
大輔がからかうと瑠璃子はいつものように言い返して来ない。不思議に思った大輔は助手席をチラッと見る。
すると瑠璃子はフロントガラスをじっと見つめたまま少し緊張した面持ちで言った。
「私も先生が好きです…」
すぐに瑠璃子は恥ずかしそうに顔を背ける。
大輔は瑠璃子からの告白を聞いて一瞬驚いていたが、すぐに手を伸ばし瑠璃子の右手を握った。
「ありがとう」
そして二人は手を繋いだまま病院までの短いドライブを楽しんだ。
その日の昼休み、瑠璃子はいつものように壁際の席に座り一人で弁当を食べ始めた。
そこへ早見陽子がトレーを持ってやって来た。
「一緒に食べてもいいですか? 実は村瀬さんにご報告したい事があって」
「どうぞ! 報告したい事って何ですか?」
瑠璃子が不思議そうな顔で聞くと、陽子は瑠璃子に顔を近付け小声で言った。
「実は佐川先生に交際を申し込まれたの」
陽子は嬉しそうに微笑む。
「えーっ! それはおめでとうございますっ」
「ありがとう。なんかね、佐川先生にそう言ってもらってすごく嬉しい自分がいてね。あれだけ岸本先生の事を追いかけていたくせに、急に佐川先生の事が気になり始めちゃって…。そのタイミングで言われたから、もう、なんていうの? ハートを鷲掴みにされちゃったっていう感じ?」
陽子はクスクスと笑いながら嬉しそうに続ける。
「やっぱり大事にしてもらえると愛されている実感が湧いて嬉しいーっていう感じ?」
そこで陽子は「キャーッ」と叫んで両手で顔を覆う。
瑠璃子はこんなにも可愛らしい陽子を見た事がなかったので思わず笑顔になった。
「早見さん、今、恋してるって感じでとっても素敵です」
「ありがとう、でもなんか恥ずかしいっ! あっ、でもね、私が変わる事が出来たのは村瀬さんのお陰よ。村瀬さんがいてくれたから本当の自分に気付けたの。だから今ではすごく感謝しているわ、ありがとう」
その言葉に瑠璃子の胸がジーンと熱くなる。
「私は別に何も……。あ、でも佐川先生って看護師の間では一番人気なんですよ。その人気者のハートを射止めた早見さんは凄いです」
「うふふっ、ありがとう。でも人気者と交際するなら長続きさせなくちゃね」
「そうですそうです」
そこで二人は声を出して笑う。
その後は食事をしながら女二人での楽しいひと時を過ごした。
その日仕事を終えた瑠璃子は、久しぶりにテイクアウトの弁当を買って帰った。
今夜は何もせずにのんびり過ごしたい。そして今後の事について色々と考えたいと思っていた。
マンションへ帰ると熱いお茶を淹れて弁当を食べ始める。食べながら急にふと何かを思い立ちクローゼットへ向かった。
そしてクローゼットからアルバムを取ってくる。
このアルバムには瑠璃子の幼少期の写真が整理されていた。瑠璃子が一人暮らしをする際に母が持たせてくれたアルバムだ。
瑠璃子はそのアルバムを開いてみる。そこには懐かしい写真がいっぱいあった。
小学校時代の写真は遠足や運動会等学校行事のものがほとんどでそれ以外の写真は少ない。仕事が忙しい母と出掛ける機会はあまりなかったので写真を撮る機会もなかった。
学校行事のページをめくっていくと突然見覚えのない写真を見つけた。おそらく小学校4年の時の夏休みの写真だろう。
一枚目は祖母の家で瑠璃子がスイカを食べているところ。次に瑠璃子と祖母が並んで写っている写真。これは瑠璃子を迎えに来た母親が撮ってくれたものだろう。
そして三枚目は祖母と観覧車に乗った時のものだった。瑠璃子はカメラを見て満面の笑みを浮かべていた。その写真を見た瑠璃子は大輔が連れて行ってくれた観覧車の事を思い出す。
瑠璃子が次のページをめくると、あの思い出のラベンダー畑での写真が貼ってあった。
一枚目は瑠璃子がラベンダー畑にしゃがんで座りカメラに笑顔を向けている写真、そして二枚目はラベンダー畑の持ち主であるおばあさんと瑠璃子がテーブルで向かい合っている写真だった。瑠璃子の手元にはドライフラワーがある。その写真は瑠璃子がおばあさんにドライフラワーのアレンジを教わっている写真のようだ。
三枚目には出来上がったリースを持って得意気に微笑む瑠璃子が写っていた。
(ん? この写真は誰が撮ったの? おばあちゃんはいつも夕方にしか来なかったから違うわよね? じゃあ一体誰が?)
小4の夏休みの写真はそこで終わっていた。
今この写真を見返してみると、場所も人も状況もすべて記憶にあった。
ラベンダー畑のおばあさん、祖母と乗った観覧車。それらの記憶はしっかりと残っているのにそれ以外が全く思い出せない。
瑠璃子はその当時の記憶を思い出したいのになかなか思い出せなくてもどかしい気持ちでいた。
あの頃の記憶は時間が経てばいつか自然に思い出すのだろうか? それとも永遠に思い出せないままなのだろうか?
その日瑠璃子は少し早めにベッドに入った。
年末年始もずっと仕事だったので疲れがたまっていたのか、瑠璃子はベッドに入るとあっという間に眠りに落ちた。
そしてすぐに夢を見る。
***
夢の中の瑠璃子は子供時代に戻っていた。
瑠璃子がいる場所はあの思い出のラベンダー畑だった。夢の中で瑠璃子はラベンダーの香りをリアルに感じていた。
夢の中の小さな瑠璃子は一冊の本を手にしていた。それは祖母に買ってもらった『不思議の国のアリス』の本だ。
瑠璃子はこの本が好きでボロボロになるまで何度も何度も読み返していた。ボロボロになった本は今でも大切にしている。
その時瑠璃子はなぜか涙を流していた。とてつもない悲しみや恐怖が小さな瑠璃子を襲い激しく泣いている。誰も助けてくれない孤独の中で、瑠璃子はただひたすら泣きじゃくり深い悲しみの底にいた。
泣いている瑠璃子の周りでは、まるで瑠璃子を慰めるかのようにラベンダーの花が風に揺れていた。風が吹き抜ける度にラベンダーの良い香りが鼻を突く。しかし瑠璃子が泣き止む気配はない。
その時突然瑠璃子の目の前に光が差し込み手が差し伸べられる。
瑠璃子は泣きながら顔を上げその手をじっと見つめた。差し出されたその手にはなぜか見覚えがあるような気がした。
瑠璃子がその手を掴もうと必死に小さな手を伸ばした瞬間、突然ハッと目を覚ました。
***
目覚めた時、瑠璃子の頬には一筋の涙が伝っていた。
コメント
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忘れてしまっている記憶、想い出の中には きっと大輔先生がいますね....💜 思い出して 二人で笑顔になれる日が、いつか 来ますように🍀
わかれたらぁ~(わかれたらぁ)つぎのひとぉ~(つぎのひとぉ~)。(『別れても好きな人』より一部改)愛の即配佐川急便とどうなっんやろ、と思うてたら、そうなったんかい。そうかい、そうかい。
思い出せない記憶の中には大輔さんあり!? おばあちゃんの死との関連もあったりする⁉️ 自然に無理やり思い出させないほうがいいのか、でも瑠璃ちゃんはきっと思い出したいと思う。 不思議の国のアリスの📕と何かきっかけ有りだよね。 大輔さんは瑠璃ちゃんの記憶を信じてると思うけど…どうなるのかな😥 そして早見&佐川カップル👩❤️👩はまさにラブラブ💓ワクワクドキドキ💖末長くお幸せに〜🌷🙌