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(浜辺。遥は砂の上に座り、缶ジュースの水滴を指でなぞっている。日下部と蓮司が近くに戻ってきて座る)
日下部「……頭押さえつけられるって、いつの話だ」
遥「……小学校。プールの時間」
蓮司「ガキって残酷だよな。面白がってやる」
遥「……面白がられてた」
日下部「教師は?止めなかったのか」
遥(無表情で)「見てたよ。笑ってた」
(間が落ちる。日下部が言葉を詰まらせる)
蓮司(軽く息を吐いて)「……そりゃ泳ぎたくなくもなるわ」
遥「……水の中って、声、届かない。誰も助けてくれない」
(小さな声で)「……溺れても、騒いでも。ずっと一人」
(日下部が砂を強く握る。蓮司は横目でそれを見て、わざと軽く口を開く)
蓮司「でもまあ、今は違うだろ。俺と日下部いるし」
遥「……」
日下部「……俺は少なくとも笑わねぇ」
蓮司「俺も、沈んだら助けてやるよ。沈まない程度に、な」
(遥がふっと笑うのか笑わないのかわからない表情をする)
遥「……普通に泳いでる人って、すごいな」
日下部「普通、な」
蓮司「遥は“普通”じゃねぇ方が似合ってるけどな」
(遥が返事をしないまま、波打ち際を見つめている。二人もそれ以上は何も言わず、しばらく潮騒だけが聞こえる)
(砂浜。しばらく三人とも黙って波を見ていたが、蓮司がわざと伸びをして空気を変える)
蓮司「……にしても、日下部。お前さっきまで泳いでたくせに、なんで全然日焼けしねぇんだよ」
日下部「体質だろ」
蓮司「つまんねー返し。俺なんかすぐ赤くなるぞ。なぁ、遥」
遥(視線をそらす)「……知らない」
蓮司「おいおい。お前、泳いでないからだろ」
日下部(無愛想に)「……代わりに砂に埋めるか」
蓮司「は? 俺を?」
日下部「違う。遥を」
遥(目を瞬かせる)「……え?」
蓮司(口元を上げて)「あー、それはアリだな。砂風呂体験」
遥「……子供みたい」
日下部「文句言うな。お前だけ何もしてない」
遥「……(小さく笑うように息を漏らす)やだ」
(だが二人にあっさり捕まって、上からバスタオルをかけられた状態で砂に埋められる遥)
遥「……冷たい」
蓮司「重いだろ? 海の水で冷えた砂」
日下部「ちょっとは気分変わるだろ」
遥「……うん。……悪くない」
(しばらく砂に埋まって空を見上げていた遥が、ふとつぶやく)
遥「……息苦しくない砂は、変な感じ」
日下部「普通だ」
蓮司「でもお前には新鮮なんだろ」
遥「……そうかも」
(日下部が黙ってペットボトルを差し出す。蓮司は砂に埋まった遥の頭の上でわざと影を作って)
蓮司「お前、空だけ見てりゃいいよ。俺と日下部がどうにかしてやるから」
遥「……またそういうこと言う」
日下部「軽く聞いとけ」
蓮司「軽く言ってんだよ」
(波音に混ざって、三人の笑い声がかすかに響く。重さと軽さが交互に重なる、奇妙に心地よい空気が流れていた)