テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
五月のとある週末。
それは、双子の姉、柚乃と行った買い物からの帰り道でのことだった。
自宅に向かう途中、すれ違う男性たちの多くが、柚乃にちらりちらりと視線を飛ばしていく。彼らの顔には「可愛い子だなぁ」と書かれていた。
当の本人は、彼らの視線に全く気がついていないのか、あるいはもう慣れっこになっていて気にもならないのか、平然としていた。淡い色のリップを塗った唇を動かして、今日の戦利品について楽しそうに話し続けている。
私は柚乃に相槌を打ちながら、内心でこっそりとため息をついていた。
姉と比べて自分は、と卑下するつもりはないけれど、一卵性双生児のはずなのに、どうしてこうも違って見えるのかしらと不思議でならない。
柚乃は周りの目を引く明るい光を纏っているが、私は至って普通で、どちらかといえば地味子の部類に入る。
性格だって真逆に近いくらい違う。
柚乃は快活で人気者、負けん気が強い。
片や私は人前に出るのが苦手で、良く言えば控え目、悪く言えば引っ込み思案な性格だ。姿形がよく似ている双子だからといって、性格までもが同じなわけではないのだが、中にはそれをからかう人もいる。私はそんな時、静かに笑ってやり過ごすが、柚乃は不快げに顔をしかめて、別々の人間なんだから性格が違うのは当たり前でしょ、と反論する。
「詩乃、どうかした?」
私を気遣う柚乃の声にはっとした。いつの間にか歩みが遅くなってしまっていたようで、姉と距離ができていた。
「な、なんでもないよ」
「そう?」
曖昧に笑う私を見て柚乃は不思議そうに首を傾げたが、気を取り直したように再び歩き出した。
その後を追いかけようと足を速めた時、右側に軽い衝撃を覚える。
「きゃっ!」
私は驚いて声を上げた。それと同時にバランスを崩して、その場に転んでしまう。弾みで荷物が辺りに散乱した。
「いたた……」
地面にぶつけてしまった足を手でさすりながら、私は体を起こした。
少し先を歩いていた柚乃が慌てて戻って来て、私の傍にしゃがみこむ。
「詩乃!大丈夫?」
「う、うん、大丈夫」
私は笑顔で答えながら、地面に手をついて立ち上がろうとした。
慌てた男の声が頭上から降って来る。
「ごめんなさい!大丈夫ですか?!」
私はのろのろと顔を上げた。
そこにいたのは、焦りに顔を歪ませた男性だった。おろおろとした様子で彼は私の前に手を差し出す。
「立てますか?」
「大丈夫です。自分で立てますから」
彼の親切を丁重に断り、私は立ち上がった。しかし、ふらりとよろけてしまう。
「あっ!」
「詩乃!」
掴まる所を探して、私の手は宙を泳いだ。しかしすぐに何かを見つけて、慌ててそこを支えにして態勢を整えた。やんわりと体を支えられたのは、それとほぼ同時だった。柚乃かと思ったが、匂いや体格が違うことに気づいてはっとし、どきりとする。私の手が支えにしていたのは彼の胸であり、私の体を支えていたのは彼の腕だった。
「す、すみません!」
私は急いで彼から離れた。どぎまぎしながらぺこりと頭を下げる。
「あ、あの、ありがとうございました」
柚乃が私の傍に立ち、彼に鋭い視線を向ける。
「あなた、よそ見でもしていたんですか?危ないじゃないですか!」
「は、はい、あの、すみませんでした……」
柚乃の剣幕に彼は表情を固め、小さくなって謝った。
その様子を見て、この人がカッとして暴力的な態度を取るような人間でなくて良かったと安心し、だからこそ、今目の前で肩をすぼめて立っている彼のことが気の毒に思えてきた。私は姉をなだめる。
「柚乃、落ち着いて。ちょっとぶつかっただけだし、私もちゃんと周りに注意を払っていなかったから……」
「ちょっと?」
姉は私の膝に視線を移し、ぎゅっと眉根を寄せた。
「怪我してるじゃない。膝から血が出てるよ」
「え?あ、ほんとだ」
柚乃に言われて初めて、膝にひりひりとした痛みを感じた。転んだ時に擦りむいたようだが、姉が言うほど大げさな怪我ではない。
それまで黙っていた彼がおずおずと口を挟む。
「あ、あの、本当に申し訳ない。今、絆創膏を……。あれ、いつも何枚か、持ってるんだけど……」
ごそごそとポケットを探っている彼に、私は声をかける。
「これくらい、全然平気ですから」
「でも……。あ、俺、そこのアパートに住んでるんで、ちょっと部屋に戻って取ってくるから」
彼が動き出すよりも早く、柚乃が私の足下にしゃがみこんだ。血がにじんだ私の膝をハンカチでそっと拭う。
「うちに帰ったら、ひとまず消毒しておこう」
「うん」
柚乃に頷いた後、私は彼に目を向けた。
彼はその場に縫い留められたかのように、突っ立ったままだった。
「あの、お気になさらず。どうぞもう行ってください」
彼に微笑みを向けて言った後、柚乃に自分の荷物を持たせたままだったことに気がつく。
「柚乃、荷物拾ってくれてありがとう。自分の分は持つから、こっちにちょうだい」
「私が家まで持つよ」
「重いでしょ。いいからこっちへ」
けれど、柚乃は私の手から荷物を遠ざける。
「このままでいいよ。どうせ家までたいした距離じゃないし。さ、もう帰るよ」
「う、うん……」
仕方なく柚乃に甘えることにして、私は今一度、彼に向かって頭を下げた。後ろ髪引かれるような思いを抱きながら姉の後に続いたが、数歩ほど足を前に進めた時、彼の声が聞こえた。
「あ、あのっ!本当にごめんね!」
はっとして振り向いた時にはもう、彼の背中は遠ざかりつつあった。
私の瞼の裏には彼の顔が焼き付いていた。あの人にまた会えたらいいのにと、初めて胸に生まれた甘酸っぱい思いに驚きながら、私は小さくなった彼の後ろ姿を眺め続けていた。
「詩乃?」
柚乃に声をかけられて、我に返る。
「今行く」
私は小走りで柚乃に追いつき、その隣に並んだ。
姉は怪訝そうに小首を傾げ、ふうっとため息をつく。その顔には、苦々しさがにじみ、眉間にはしわが刻まれていた。
「柚乃、そんな顔してどうしたの?」
「さっきの人、私がよそ見でもしてたんだろうって言った時、否定しなかったよね。やっぱり『ながら歩き』でもしてたんだろうな、って思ってさ。そのせいで、詩乃が怪我することになっちゃったわけでしょ。まったく、ちゃんと前を見て歩けって言うのよね。子どもじゃないんだから」
柚乃の不機嫌な口調や表情を見る限り、彼に対する姉の印象はよろしくないようだ。
だから、決めた。私のこの初恋は、まだ柚乃には秘密にしておこう、と。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
心
54
#鬼滅
ユイ
94
きなこ
1,858