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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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『私の腕に、日付が出てる』
電話の向こうで、
早川由紀子が泣いていた。
私は一瞬、
意味が分からなかった。
「日付って……何ですか」
『九月九日』
胸が冷たくなる。
『二十三時四十分』
四枚目の死亡通知に書かれていた時刻。
燃やしたはずの、
あの数字。
「今どこですか」
『病室』
「動かないでください」
『澪ちゃん』
「何ですか」
『これ、消えない』
私は佐伯課長と目を合わせた。
「真壁さんに連絡します」
電話を切る。
すぐに岸本総合病院へ向かった。
*
由紀子の病室には、
すでに真壁刑事がいた。
彼女はベッドに座り、
左腕を抱えている。
「見せてください」
由紀子が袖を上げる。
私は息を止めた。
手首の少し上。
皮膚に赤い文字。
09/09
その下。
23:40
「書いたんですか」
真壁が訊く。
「違う」
「ペンで?」
「触ってない」
「いつ気づいた?」
「シャワーのあと」
看護師が腕を拭いてみる。
消えない。
アルコール綿。
消えない。
「皮膚の下?」
私は近づく。
文字は、
傷には見えない。
インクでもない。
赤黒い色が、
皮膚の内側から浮いているように見える。
「医師には?」
「皮膚科を呼んでいます」
由紀子が私を見る。
「だから言ったでしょう」
「何を」
「燃やしても無駄なのよ」
「紙に力があるわけじゃない」
私は言った。
「誰かがやってる」
「どうやって?」
「分かりません」
「眠ってる間に腕へ何かされた?」
真壁が首を振る。
「病室前には警察官がいました」
「ずっと?」
「はい」
「中に誰か入った?」
「医療スタッフだけです」
また、
病院。
「監視カメラは?」
「確認中です」
由紀子は腕の数字を見る。
「千佳も、同じこと言ってた」
私は顔を上げる。
「母も?」
「十五年前」
「腕に日付が?」
由紀子が頷く。
「死亡通知が始まったあと」
「見たんですか」
「見た」
「どこに」
「首」
ぞっとした。
「何て?」
「六月十八日」
母が心停止した日。
「時間も?」
「十一時四十分」
母の死亡通知。
そして、
実際に心停止した時刻。
「母はどうしたんです」
「隠した」
「誰に」
「みんなに」
「どうして」
由紀子は苦く笑う。
「自分が怖がってるって知られたくなかったんでしょうね」
母らしい。
私は腕の文字を見る。
「これが本当に十五年前にもあったなら」
真壁が言う。
「今回の模倣犯は、そのことまで知っている」
「七人の誰か?」
「あるいは」
真壁は由紀子を見る。
「十五年前、かなり近くにいた人物」
由紀子が目を逸らす。
まだ何か隠している。
「由紀子さん」
「何」
「母の首に数字が出たとき、誰がいました?」
「……」
「あなた以外に」
由紀子は答えなかった。
「言ってください」
「千佳」
「それは分かってます」
「奈緒」
「他に」
「雅彦さん」
「他には?」
由紀子の唇が動く。
「柿崎先生」
四人。
「それだけ?」
長い沈黙。
「もう一人いた」
「誰」
由紀子が言った。
「女の子」
私は息を止めた。
「ひかりさん?」
「違う」
「じゃあ」
「名前は知らなかった」
「何歳くらい」
「十四歳」
私と同い年。
また、
三人目の娘。
「その子、何をしてたんです」
「千佳を見てた」
「それだけ?」
「首の日付を指で触った」
「触った?」
「そして言ったの」
由紀子の顔が青ざめる。
「『これ、私にも出るの?』って」
私は何も言えなかった。
「母は何て答えたんです」
由紀子の声が震えた。
「『あなたには出ない』」
「どうして?」
「その子が訊いた」
由紀子は続ける。
「『私は死なないから?』って」
「母は?」
「否定しなかった」
背中が冷たくなる。
十五年前。
十四歳の少女。
名前の分からない、
第三の娘。
母は、
その子には死亡日時が出ないと知っていた。
「その子は誰なんですか」
「分からない」
「でも母は知ってた?」
「知ってた」
「父も?」
「たぶん」
「今どこにいる?」
由紀子は首を振った。
「十五年前のあの日を最後に見てない」
そのとき、
皮膚科医が病室へ入ってきた。
腕を確認する。
拡大鏡。
特殊なライト。
数分後、
「これは」
医師が眉を寄せた。
「皮下出血ですね」
「文字の形に?」
「意図的に作られた可能性はあります」
「どうやって?」
「強い圧力や微細な刺激で毛細血管を傷つければ」
真壁が訊く。
「外傷は?」
「ほとんどありません」
「いつ作られたか分かりますか」
医師は腕を見る。
「少なくとも今朝ではないと思います」
由紀子が顔を上げる。
「え?」
「色の変化から考えると、数日前」
「数日前?」
私は由紀子を見る。
「でも今まで見えなかった?」
「なかった!」
医師が首を振る。
「皮下出血は時間が経ってから目立つことがあります」
つまり。
死亡通知が届くより前に、
誰かが由紀子の腕へ日付を仕込んだ。
「いつ病院に入りました?」
真壁が訊く。
「火事のあと」
「その前は?」
「家」
「誰かに腕を掴まれた?」
由紀子は考える。
そして、
動きを止めた。
「一人いる」
「誰です」
「三日前」
「どこで?」
「スーパー」
「何があったんです」
「知らない女にぶつかられた」
「女?」
「二十代くらい」
「顔は?」
由紀子の呼吸が浅くなる。
「覚えてる」
「知ってる人?」
「違う」
「特徴は?」
由紀子は私を見る。
「あなたに似てた」
私は固まった。
「私?」
「顔じゃない」
「じゃあ」
「目」
嫌な予感がする。
「千佳と同じ目だった」
また、
母に似た若い女。
ひかり?
第三の娘?
電話をかけてきた女?
全部、
同じ人物なのか。
真壁がすぐにスーパーの防犯映像を手配する。
*
午後四時十二分。
映像が届いた。
由紀子がスーパーを出る。
買い物袋。
その横から、
若い女が歩いてくる。
肩がぶつかる。
女は謝る。
ほんの数秒。
でも、
その瞬間、
女の左手が由紀子の腕を強く握っている。
「これだ」
真壁が映像を止めた。
顔を拡大する。
マスク。
帽子。
目元しか見えない。
「この人ですか」
由紀子が頷く。
「そう」
私は画面を見る。
どこかで、
見たことがある。
目。
眉。
歩き方。
「澪?」
父の声がした。
いつの間にか、
病室の入口に立っていた。
保護下から、
真壁の許可で来たらしい。
画面を見た瞬間、
父の顔色が変わる。
「知ってるの?」
私は訊いた。
父は答えない。
「ひかりさん?」
首を振る。
「じゃあ誰」
父の唇が震えた。
「十五年前の女の子だ」
私は息を止めた。
「母の首の日付を触った?」
「ああ」
「名前は?」
父は長い間黙っていた。
そして。
「名前はない」
「何それ」
「千佳が、名前をつけなかった」
「十四歳まで?」
「ああ」
「どうやって生きてたの」
父は画面から目を離さない。
「ひかりの名前を使ってた」
私は動けなくなった。
「じゃあ、ひかりさんが二人いた?」
父は頷いた。
「時期によって」
「どういう意味」
「一人が水城澪」
父は言う。
「一人が篠宮ひかり」
そして、
画面の女を指した。
「もう一人が」
言葉を切った。
「二人の名前を使い分けてた」
三人の娘。
母は、
その名前を入れ替え続けた。
「どうして?」
父は答えなかった。
代わりに、
由紀子が腕の数字を見ながら呟いた。
「だから消えないんだ」
「何が?」
「死亡日時」
由紀子は言った。
「紙を燃やしても意味がない」
「どうして」
「最初から」
彼女の声が震えた。
「死亡通知は紙じゃなかったから」
私は眉を寄せる。
「じゃあ何なんです」
由紀子が画面の女を見る。
「人よ」
部屋が静まり返る。
「十五年前から」
由紀子は続けた。
「死亡通知を届けていたのは――」
そのとき、
病室の照明が消えた。
一瞬の暗闇。
非常灯がつく。
ベッドの上。
由紀子がいない。
「由紀子さん!」
窓が開いている。
真壁が駆け寄る。
下を見る。
誰もいない。
ベッドの上には、
一枚の紙だけが残っていた。
燃やしたはずの、
四枚目の死亡通知。
焦げ跡まで同じ。
そして裏面。
新しい赤い文字。
四人目、逃走。
その下。
死亡日時まで、あと三日。
私は紙を見つめた。
燃やしても、
死亡日時は消えない。
それどころか。
燃やした死亡通知そのものが、
戻ってきていた。
コメント
1件
うわ、めちゃくちゃ怖い展開……! 皮下出血で数日前に日付を仕込まれてたって、完全に準備されてたってことですよね。そして何より「死亡通知は紙じゃなかった。人よ」って台詞が頭から離れない。つまり十五年前からずっと、誰かが“人”として日付を届けてたってことか……。由紀子さんが消えたラストも、戻ってきた死亡通知も、核心がぐっと近づいた気がするのに、まだまだ先がある感じで続きが気になりすぎます。