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#王子
すっこ
173
#主人公最強
杯雪乃
1,309
燃やしたはずの死亡通知が、
病室のベッドに戻っていた。
四人目、逃走。
死亡日時まで、あと三日。
でも、
早川由紀子の姿はない。
「病院を封鎖します」
真壁刑事が無線を取った。
窓から逃げたように見える。
けれど病室は三階。
窓の下に足場はない。
転落した形跡もない。
廊下の防犯カメラにも、
由紀子は映っていなかった。
「また消えた……」
私は呟いた。
死亡通知と同じ。
人まで、
鍵のかかった場所から消える。
父が戻ってきた通知を見つめている。
「逃げたんじゃない」
「何?」
「連れていかれた」
「誰に」
父は答えなかった。
「さっきの女?」
スーパーで由紀子に接触した、
名前のない女。
十五年前、
母の首に浮かんだ死亡日時を触った少女。
父が言う。
「たぶん」
「なら探さないと」
「澪」
「何」
「お前は家へ戻れ」
「こんな状況で?」
「だからだ」
「由紀子さんが危ない」
「お前も危ない」
私は死亡通知を見る。
四人目は由紀子。
私ではない。
そう思った瞬間、
父が言った。
「この紙はもう、由紀子だけを狙ってない」
「どうして分かるの」
「四人目が逃げたからだ」
「逃げたら?」
「代わりに、一番近い人間を使う」
また、
代替。
人を殺すために、
別の人間を動かす。
「でも私は由紀子さんの近くには――」
言いかけて、
止まった。
私のスマートフォンが震えた。
知らない番号。
メッセージ。
千佳の家に来て。
続いて、
写真。
母の家のリビング。
現在のものだ。
テーブルの上に、
早川由紀子が座っている。
手を後ろで縛られている。
「由紀子さん……!」
その隣。
包丁。
父の三枚目の死因。
刺殺。
そしてメッセージ。
一人で来なければ、四人目は死ぬ。
真壁が画面を見る。
「行きません」
「でも」
「罠です」
「分かってます」
「なら」
「行かないとは言ってません」
「水城さん」
「由紀子さんが私に話したから狙われたんです」
「あなたが行けば、相手の思う通りです」
「警察が隠れて来ればいい」
父が首を振った。
「駄目だ」
「どうして」
「相手は警察の動きまで知ってる」
確かに。
市役所の端末。
病院。
私たちしか知らない情報。
ずっと先回りされている。
「それでも行く」
私は言った。
「今度は、誰かが死ぬのを待つだけにはしない」
*
午後七時四十八分。
母の家。
真壁たちは、
少し離れた場所で待機している。
私は一人で玄関を開けた。
「由紀子さん?」
返事はない。
リビング。
誰もいない。
写真とは違う。
テーブルに、
包丁だけが置かれている。
そして、
四枚目の死亡通知。
私は近づかなかった。
「来ました」
声を出す。
「由紀子さんを返してください」
二階。
ギシ。
床が鳴った。
「誰?」
返事はない。
階段へ向かう。
一段。
二段。
母の寝室の扉が開いている。
中から、
女の声。
「澪ちゃん」
由紀子だった。
「由紀子さん!」
入る。
彼女は床に座っていた。
手は縛られていない。
怪我もない。
「大丈夫ですか」
「来ちゃ駄目だったのに」
「連れてこられたんじゃ?」
由紀子が首を振った。
「自分で来た」
私は止まった。
「え?」
「病院から逃げたのも私」
「どうやって」
「非常階段」
「でもカメラには」
「昔の職員通路を知ってる」
岸本総合病院。
二十九年前から何度も出入りしていた由紀子なら、
知っていてもおかしくない。
「じゃあ、あの写真は?」
「私が送った」
頭が追いつかない。
「どうして」
「あなたを呼ぶため」
「何のために!」
由紀子の目に涙が浮かんだ。
「謝りたかった」
「何を」
「全部」
由紀子は立ち上がる。
「私は千佳を二十年間恨んだ」
「聞きました」
「でも、千佳だけが悪いんじゃなかった」
「どういうこと」
「私も同じことをした」
「何を」
由紀子は答えようとした。
その瞬間。
背後で音がした。
ギッ。
振り返る。
廊下。
誰もいない。
でも、
階段の下に人影が動いた。
「誰!」
私は廊下へ出た。
由紀子が腕を掴む。
「行かないで」
「でも」
「澪ちゃん」
由紀子の顔が青ざめている。
「ここを出よう」
今度は本気で怯えていた。
階段を降りる。
一階。
玄関まで、
あと数歩。
そのとき。
キッチンの暗がりから、
誰かが飛び出した。
黒い服。
帽子。
マスク。
手には、
包丁。
「澪!」
由紀子が叫ぶ。
刃が私へ向かってくる。
避けられない。
そう思った瞬間、
体を横から突き飛ばされた。
床に倒れる。
鈍い音。
私は顔を上げた。
由紀子が、
私の前に立っていた。
その腹に、
包丁が刺さっている。
「由紀子さん……?」
黒い服の人物が手を離した。
私は顔を見ようとする。
目。
あの映像の女。
「待って!」
女は勝手口から逃げた。
私は追わなかった。
追えなかった。
由紀子が崩れ落ちた。
「由紀子さん!」
抱き止める。
腹から血が広がっていく。
「真壁さん!」
私は叫んだ。
「助けて!」
外から足音。
真壁たちが駆け込んでくる。
「救急!」
「刺されています!」
私は由紀子の傷を押さえた。
「どうして」
声が震える。
「どうして私をかばったんですか」
由紀子は苦しそうに笑った。
「千佳に……借りがあるから」
「喋らないで」
「聞いて」
「救急車が来ます」
「今じゃないと……また言えなくなる」
由紀子が私の手を握った。
「二十年前」
息が乱れる。
「私、千佳を警察に売ろうとした」
「何を?」
「子どもを盗んだって」
「それは」
「本当だと思ってた」
由紀子の目から涙が落ちる。
「でも違った」
「何が?」
「千佳が盗んだんじゃない」
「じゃあ誰が」
「私たちよ」
私は息を止めた。
「私たち?」
「七人」
由紀子が言った。
救急隊の足音が近づく。
「二十九年前のことを知った七人が」
「何をしたんです」
「子どもたちの名前を変えた」
「どうして」
「守るためじゃない」
由紀子は首を振った。
「自分たちを守るため」
胸が冷たくなる。
母だけが、
子どもの人生を壊したのではなかった。
「千佳は途中でやめようとした」
「十五年前?」
「そう」
「だから死亡通知を作った?」
由紀子が頷く。
「全部話せって」
「七人に?」
「うん」
「だから七人は母を恨んだ?」
由紀子が私を見る。
「逆よ」
「何が」
「私たちが先に」
息を吸う。
「千佳に人生を壊されてた」
私は動けなくなった。
「どういうこと?」
「高瀬も」
「……」
「美佐子も」
「……」
「雅彦さんも」
「……」
「柿崎先生も」
「……」
「佐伯さんも」
由紀子の声が弱くなる。
「みんな千佳のせいで、何かを失った」
「だから殺した?」
「違う」
「じゃあ」
「千佳は、私たちを殺したんじゃない」
由紀子が涙を流す。
「生きたまま、人生を壊したの」
救急隊が到着した。
私は離される。
「待って!」
由紀子がストレッチャーへ移される。
その手が、
最後まで私の袖を掴んでいた。
「澪ちゃん」
「はい」
「千佳が残した紙」
「『私は、この七人に殺されました』?」
由紀子は首を振った。
「その裏」
「裏?」
「あれには続きがある」
「何て?」
由紀子の唇が震えた。
そして、
こう言った。
「『だから私は――』」
救急隊が酸素マスクを当てる。
続きが聞こえない。
「由紀子さん!」
ストレッチャーが運ばれていく。
私は母の部屋へ走った。
最初に見つけた、
あの紙。
私は、この七人に殺されました。
ずっと表しか見ていなかった。
震える手で裏返す。
薄い文字。
母の筆跡。
そこには、
確かに続きがあった。
私は、この七人に殺されました。
だから私は、この七人の人生を先に壊しました。
私は紙を落とした。
母を殺した七人。
その七人は、
母を殺そうとして集まった人間ではなかった。
母によって、
人生を壊された人間たちだった。
コメント
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おお…第39話、めっちゃ重い回だったわ…。由紀子さんが澪をかばって刺されるシーン、マジで心臓止まるかと思った。しかも「死亡通知の裏に続きがあった」って、伏線の回収がエグい。母・千佳が「七人の人生を先に壊した」って真相、被害者と加害者が入れ替わる構造がもう…しんどいけど面白すぎる。続きが気になって今夜眠れないわ🔥