テラーノベル
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「……ハル。私たち、もう『外側』はいらないよね」
パレスの最深部。ハルが設計した防音室は、もはや「部屋」ではなく、巨大な「真空パック」のようだった。外部の音を一切遮断し、二人の体温と、二人が発する音だけが反響する極限の空間。
リコは今、「透明なラテックスのボディスーツ」に身を包んでいた。肌に密着するその感触は、外界との断絶を象徴している。
「今日は、これ。……世界一静かなお菓子」
リコが取り出したのは、特殊な製法で作られた「無音のゼリー」だった。 口に入れても、咀嚼しても、音が出ない。はずだった。
ハルは、リコの喉元とこめかみに、超高感度の接触マイクを貼り付けた。 「……聴こえるぞ、リコ。お前の舌がゼリーを転がす音。喉が収縮する筋肉の軋み。……普通の人には聴こえない、お前の中だけの密室の音だ」
ハルはその微細な振動を数万倍に増幅し、重低音のビートへと変換した。 二人がコンドームを選び、子供を作らないと決めたのは、こうした「微細な個の音」を、何ものにも邪魔されたくないからだ。次世代へ繋ぐためのエネルギーを、すべて今、自分たちの肉体の中で循環させる。
「んっ……ハル、この音。……私の体の中、こんなに騒がしいんだ」
増幅された自分の内臓の音に、リコが身悶えする。ハルはそのリコの吐息さえもエフェクトをかけ、冷たくて鋭い金属音に変えて重ねていく。
それは、生命の営みでありながら、一切の「生産性」を排除した、純粋な芸術的消費だった。 二人は互いの肌を重ね合わせるが、そこにあるのは「温もり」ではなく、極限まで研ぎ澄まされた「刺激のサンプリング」だ。
「……ハル。もっと、もっと深く録って。私の、誰にも触れさせない一番奥の音まで」
パレスの外では、彼らの「不道徳で贅沢な音」を批判する声もあった。 「未来を考えない快楽主義者」「自己満足の極致」。 だが、リコは真空室の中で、ハルの耳元で囁いた。
「未来なんて、今を100%味わえない人たちが作る幻想だよ。……ねえハル、次の曲のタイトル、決めた」
ハルがレコーダーのフェーダーを上げると、リコの喉がゼリーを飲み込む、エロティックで暴力的な「ゴクリ」という音が、パレス中に響き渡った。
「『Zero Gravity Love(無重力の愛)』。……どこにも繋がらない、私たちだけの墜落」
二人は笑いながら、真空の部屋で、決して「芽吹くことのない」愛の音を、永遠に記録し続けた。