テラーノベル
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「……ハル。外界の音、全部消した?」
パレスの最深部にある防音室。そこは、ハルがリコのためだけに設計した、一滴のノイズも漏らさない「音のシェルター」だ。リコは「黒いエナメルのボディスーツ」を脱ぎ捨て、肌を露わにする。その首元には、ハルの手によって、脈動を拾うための超高感度コンタクトマイクが、まるでチョーカーのように貼り付けられた。
ハルは、サイドテーブルに置かれた「薄いラバーの小袋」を無造作に指で弾いた。
「ああ。今日は、お前の中の音を、一滴残らず吸い出してやる」
二人は、重なり合う。 それは、家族を作るための営みではない。お互いを、世界で唯一無二の「楽器」として扱い、限界まで奏で合うための儀式だ。
ハルの指がリコの肌を滑る。 ――スルスル。 その微かな摩擦音が、スタジオのスピーカーを通じて、雷鳴のような低音へと増幅される。
「んっ……、ハル。自分の音が、頭の中に直接響いてくる……」
リコがハルの背中に爪を立て、吐息を漏らす。 その吐息はハルの喉のマイクに拾われ、鋭い電子音へとエディットされ、二人の動きとシンクロしてビートを刻んでいく。 二人が使っているコンドームは、未来を遮断する壁ではない。それは、「二人だけの今」という時間を純粋培養するための、真空の膜だった。
絶頂の最中、リコは枕元にあった「真っ赤なベリーの氷菓子」を口に含んだ。 ――カリッ。
「……っ!!」 氷が砕ける鮮烈な音が、二人の愛撫の音と重なり、神経を逆撫でするようなエクスタシーへと変わる。 ハルは、リコの背中の汗がシーツに染みる音さえも逃さず、フェーダーを上げた。
「リコ。……お前の音、最高に狂ってる」 「ハル……、もっと。もっと激しい音を、私の中に流し込んで……」
果てた後の静寂。 ヘッドホンからは、二人の心臓がゆっくりと落ち着いていく、重なり合ったリズムだけが流れている。 そこには、新しい命の気配も、継承の義務もない。 ただ、徹底的に消費された二人の肉体と、完璧に記録された「不毛な美」の波形だけが、モニターの上で美しく踊っていた。
「ねえ、ハル」 リコが、ハルの腕の中で汗を拭いながら囁いた。 「私たち、これでいいんだよね。誰にも繋がらない、この一瞬を、ただ二人で食べ尽くすの」
ハルは、録音終了のボタンを押さなかった。 「ああ。……次の曲は、この『無音』をサンプリングしよう」
二人は、未来というノイズを完全にシャットアウトしたまま、再び、終わりのない音の迷宮へと沈んでいった。
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