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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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コメント
1件
ああ、このエピソード…重いですね。澪の「私が♡♡♡た」という罪悪感が、実は植えつけられたものかもしれないという展開が痛いです。それにしても、三田村が知っていた「お前が押す前から死にかけてた」という言葉。あの時計も彼のものだったんですね。ラストの「母親か、娘か」の選択が、澪に何を突きつけるのか…続きが気になって仕方ないです。
澪は私を殺していない。
母の字だった。
十五年前。
私は母を階段から突き落とした。
母は心停止した。
十一分間。
それでも母は、
私を殺人者にしなかった。
「どういう意味なの」
私は紙を握った。
「私が押したんでしょう」
父は答えない。
「母は落ちた」
「……ああ」
「心臓が止まった」
「ああ」
「だったら私が殺したんじゃない」
「違う」
父が、
初めて強く否定した。
「千佳がそう言った」
「母が庇っただけでしょ」
「そうじゃない」
「じゃあ何!」
父は私を見る。
「お前が押す前から」
一瞬、
言葉を止めた。
「千佳は倒れる状態だった」
私は動きを止めた。
「どういうこと」
答えたのは、
柿崎先生だった。
「薬が入っていました」
また、
薬。
「十五年前の母にも?」
「はい」
「六月十八日の心停止だけじゃなく?」
「六月二十五日にも」
先生は古い診療記録を開いた。
正式なカルテではない。
自分で残していたメモだという。
18:07 水城千佳搬入
意識なし
呼吸停止
心停止
その下。
血液検査 鎮静薬陽性
「これ……」
「六月十八日とは別の薬です」
「誰が飲ませたんですか」
「分かりません」
「母自身は?」
「否定しました」
「でも母は嘘をつく」
私は言った。
自分でも、
嫌になる言い方だった。
柿崎先生は否定しなかった。
「だから私も、当時は断定できませんでした」
十五年前。
私は、
母を押した。
でも。
母の体には、
すでに薬が入っていた。
「それでバランスを崩した?」
「可能性があります」
「私が押さなくても?」
先生は、
しばらく答えなかった。
「倒れていた可能性はあります」
そんなことで、
私のしたことが消えるわけじゃない。
押したのは私。
死ねばいいと思ったのも、
私。
「その日のこと」
私は言った。
「全部教えてください」
父と柿崎先生が、
顔を見合わせた。
「今度は何も隠さないで」
私は続けた。
「明日の六時までに思い出さないと」
七枚目の通知。
死亡日時 明日 午後六時。
誰かは、
十五年前の続きをさせようとしている。
なら、
先に思い出すしかない。
*
十五年前。
六月二十五日。
私は十四歳だった。
学校が終わったあと、
母からメールが来た。
柿崎先生が、
保存されていた記録を見せてくれた。
話さなければならないことがあります。
岸本総合病院へ来てください。
私は返信している。
行きたくない。
母。
それでも来てください。
私。
お母さんの話は全部嘘だから嫌。
そこで、
やり取りは終わっていた。
それなのに。
私は病院へ行った。
「どうして?」
私が訊く。
父が答えた。
「写真を見つけたからだ」
二人の赤ん坊が写った写真。
若い母が、
二人を抱いている。
裏には、
十四歳の私の字。
どっちが私?
そして。
母の答え。
どちらでもない。
「いつ書かれたんですか」
「その日だ」
父が言った。
「写真を見つけたのは?」
「前日の夜」
私は母の机を勝手に開けた。
探していたのは、
父の浮気の証拠だったらしい。
「何で?」
「千佳が最近、雅彦に女がいるってお前に言った」
私は父を見る。
「母が?」
「ああ」
「本当だった?」
父は苦い顔をした。
「奈緒と会っていた」
「浮気してた?」
「違う」
「十四歳の私はそう思った?」
「そうだ」
母は、
わざと私に疑わせた。
なぜ。
「写真を見つけて」
父は続ける。
「お前は千佳に訊いた」
――この赤ちゃん、誰?
母は答えなかった。
――私?
答えない。
――ひかり?
母は、
それも否定した。
そして写真の裏へ、
書いた。
どちらでもない。
「なんでそんなことを」
私の声が震える。
十四歳の子どもに。
自分の出生そのものを、
足元から消すような言葉。
「千佳は翌日、病院で全部話すと言った」
だから私は、
岸本総合病院へ行った。
*
旧産科病棟。
午後五時四十六分。
当時の監視記録が、
一部だけ残っていた。
画質は悪い。
十四歳の私が映っている。
制服。
肩までの髪。
鞄。
右手には、
写真。
私は画面の自分を見つめた。
知らない女の子みたいだった。
午後五時五十一分。
母が現れる。
二人で話す。
音声はない。
でも、
私は怒っている。
母は何か言っている。
私が首を振る。
母が腕を掴む。
私が振り払う。
そして二人は、
画面の外へ。
旧階段。
そこに監視カメラはない。
「このあと?」
私は訊いた。
父が答えた。
「俺たちは地下資料室にいた」
「誰が?」
「俺、美佐子、柿崎先生、由紀子、佐伯、高瀬」
六人。
十五年前、
母が集めようとした人々。
「三田村さんは?」
「遅れて来た」
「奈緒さんは?」
沈黙。
「奈緒さんもいた?」
父は答えなかった。
その代わり、
柿崎先生が言った。
「千佳さんは、あなたを地下へ連れてくるはずでした」
六人の前で、
真実を話すために。
でも。
私は地下へ行かなかった。
階段で、
母と争った。
「何を言われたんです」
記憶を探る。
暗い階段。
母。
写真。
――私じゃないなら、私は誰なの。
母の声。
――澪は澪よ。
――そういうのいいから!
――今から全部話す。
――また嘘でしょ!
――違う。
――ひかりって誰!
母が黙る。
それで、
私はさらに怒った。
――お父さんの子?
――違う。
――お母さんの子?
――違う。
――じゃあ何なの!
頭が痛い。
でも、
今度は逃げなかった。
私は目を閉じる。
記憶の中の母が、
言う。
――あなたは、
そこで途切れる。
「続き……」
何だった?
私は誰?
母は何と言った?
思い出せない。
代わりに、
別の声が戻る。
男。
階段の下。
――千佳、それ以上言うな。
私は目を開けた。
「誰かいた」
「何?」
「階段の下に」
父の表情が変わる。
「三田村さん?」
「違う」
声が違う。
もっと若い。
私はその声を、
知っている。
でも思い出せない。
母が振り返る。
その瞬間。
私は母の腕を掴んだ。
――逃げないで!
母が私の手を払う。
私は押した。
ほんの一度。
強く。
母の体が、
後ろへ傾く。
その顔を、
私は覚えていた。
驚いていなかった。
まるで。
自分が落ちることを、
知っていたみたいだった。
そして。
母は階段から落ちた。
一段。
二段。
頭を打つ音。
私は叫んだ。
「お母さん!」
ここから先は、
映像みたいに戻った。
階段を駆け下りる。
母は動かない。
私は肩を揺する。
「起きて」
反応がない。
「ごめんなさい」
何度も。
「ごめんなさい」
母の口元に耳を近づける。
息がない。
私は、
母を殺した。
そう思った。
十四歳の私は、
その場で吐いた。
そして。
背後から、
誰かが私を引き離した。
男の手。
――見るな。
「誰……」
私は呟いた。
「誰が来たの」
父が答える。
「俺じゃない」
「柿崎先生?」
先生も首を振る。
「私が到着したときには、あなたはすでに別室にいました」
「じゃあ誰」
もう一度、
記憶へ戻る。
男は私の顔を隠すように抱いた。
胸元。
名札はない。
でも、
手首に時計。
針。
午後六時三分。
母の時計だと思っていた。
違う。
「待って」
私は顔を上げた。
昨日届いた、
古い腕時計。
午後六時三分で止まっていた。
父は、
母のものだと言った。
「本当に母の時計?」
父が答えない。
「父さん」
「……違う」
胸が冷える。
「誰の?」
長い沈黙。
「三田村だ」
私は立ち上がった。
「嘘ついたの?」
「千佳が持ってたこともある」
「そういう話じゃない!」
あの日。
階段で母が倒れたあと、
最初に私を抱き起こした人物。
三田村彰。
私は、
顔を思い出した。
十四歳の三田村が、
私に言う。
――澪ちゃん。
――お母さんを押したのは、忘れろ。
私は泣きながら言う。
――私が殺した。
三田村は、
首を振った。
――違う。
――お前じゃない。
そして。
母の体を見て、
こう言った。
――千佳は、
言葉が戻る。
私は、
思わず口にしていた。
「もう死にかけてた」
父が目を閉じた。
そうだ。
三田村は言った。
――お前が押す前から、千佳は死にかけてた。
十四歳の私は、
意味が分からなかった。
今なら分かる。
薬。
「三田村さんは知ってた」
私は言った。
「母の体に薬が入ってることを」
誰も答えない。
「だから私に、私のせいじゃないって言った」
真壁が訊く。
「三田村本人が薬を投与した可能性は?」
「分かりません」
でも。
あの男は、
知っていた。
母が階段から落ちる前から、
死にかけていることを。
「だったら」
私は言った。
「私が母を殺したことがある、っていうのも」
半分は本当。
半分は、
誰かに植えつけられた罪悪感。
私は母を押した。
母の心臓は止まった。
でも。
本当に母を殺そうとしていた人間は、
その前からいた。
そのとき、
私のスマートフォンが震えた。
例の番号。
メッセージ。
思い出しましたか。
続いて。
あなたは水城千佳を突き落とした。
私は画面を睨む。
次。
だから明日、同じ場所へ来てください。
午後六時。
そして。
一枚の写真。
旧産科病棟の階段。
現在のもの。
一番上に、
椅子が置かれている。
そこに、
一人の女が座らされていた。
後ろ姿。
両手を縛られている。
顔は見えない。
でも。
髪。
服。
見覚えがある。
「由紀子さん?」
病院にいるはずの、
早川由紀子。
違う。
写真がもう一枚届く。
横顔。
私は息を止めた。
その女ではない。
もっと若い。
私と同じくらい。
スーパーの防犯映像に映っていた女。
十五年前、
名前を持たず、
ひかりの名前を使っていた少女。
彼女が、
階段の上で縛られている。
最後のメッセージ。
十五年前、あなたは母親を落とした。
明日は、もう一人を選んでください。
その下。
母親か。
娘か。
私は画面を見つめた。
十五年前。
私は確かに、
母を殺したことがある。
だから誰かは、
同じ罪を、
もう一度私に選ばせようとしていた。