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空乃 美晴
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雨晒しの原稿用紙
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数日後。
創業記念展示会の準備が進む大ホールへ、クリストルンたちは呼び出された。
搬入途中の会場には、各部署の展示台やポスターの骨組みが並び、忙しそうに人が行き交っている。そんな中、一角だけが不自然なほど何も置かれていなかった。
白い壁。白い床。白布がかかった長机が一台。
まるで、まだ何者でもない場所。
「ここを使え」
ヴァルボンが言った。
クリストルンは目を瞬く。
「ここ、ですか」
「展示会の中央導線に近い」
ルチノが小さく息をのむ。
最も人目に触れる場所だ。
ヴァルボンは静かに続けた。
「商品化するかどうかは、ここで決める。来場者の反応、役員の判断、現場の意見。その全部を見て、最後に結論を出す」
ディトが腕を組む。
「ずいぶん大きく出たな」
「逃げないと決めた」
そう返した社長の顔は、以前より疲れて見えたが、そのぶんだけまっすぐだった。
クリストルンは白い空間へ一歩踏み込む。
足音が軽く響く。
何もない。だからこそ、何を置くかで全部が決まる。
「白紙ですね」
「そうだ」
ヴァルボンがうなずく。
「二十年前に間違えた場所へ、今度は最初から答えを置いてほしい」
その言葉に、モンジェが少しだけ目を細めた。
まだ完全に許したわけではない。だが、聞き流しもしなかった。
ペトロニオが場違いなくらい明るく言う。
「白紙って、広報的には最高ですよ。何色にも染まる」
「染め方を間違えたら終わりだけどな」
ディトが返す。
「そこを何とかするのが、みんなの仕事でしょ」
ヒューバートは既に床へしゃがみ込み、会場の光の当たり方を見ていた。
「午前はここ、午後はこっち。布の色でぬいぐるみの表情が変わるわね」
「早いなあ」
クリストルンが思わず笑う。
笑った瞬間、自分がやっと前を向けていることに気づいた。
怒りに引っぱられていただけの時間が終わり、作る側へ戻ってきたのだ。
ヴァルボンは会場の端に立ったまま、静かに言う。
「一週間ある」
たった七日。
短い。けれど、完全な白紙を前にすると、不思議とやることははっきり見えた。
クリストルンは白い机を指先でなぞる。
「ここに置きます。ちゃんと届く形で」
白紙の会場は、試される場所であると同時に、もう一度始めるための場所でもあった。