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その頃、CyberSpace.inc の秘書室には新しいデスクが運び込まれようとしていた。


秘書が所属する秘書課は普通総務部にあるが、CyberSpace.inc では『秘書室』として独立した部署だ。

現在役員の中で専属秘書がいるのは、COO(最高執行責任者)の川田公平とCFO(最高財務責任者)の君島健斗の二人だけだった。

CTO(最高技術責任者)と専務達には専属の秘書はいない。


秘書室は役員室のすぐ傍にあるので、そこに奈緒の新しいデスクが設置される。


省吾が出先から戻ると、ちょうど目の前を配送業者が歩いていた。

彼らに追いついた省吾は、「ご苦労様です」と声をかけると自分の部屋へ入る。


机の前に座ると省吾はすぐにパソコンを凝視する。その時省吾のお腹がグゥと鳴った。

今日は朝から外回りだったので、今まで何も食べていない事に気付いた。


さすがに腹が減った省吾は引き出しから買い置きの栄養補助食品を取り出すと、パッケージを開けて食べ始める。

そして自販機で買った缶コーヒーを一口飲んだ。


その時ノックの音が響き公平が入って来た。



「あらあら……今日はうさぎちゃんのご飯ですかー?」



公平がニヤニヤしながら言った。



「うるせぇなあ、どこにも寄る時間がなかったんだからしょうがないだろう」



省吾はそう言いながら、パサパサした固形物を缶コーヒーで一気に流し込む。



「で、何かあった?」

「うん、いやね……ちょっとお前の耳に入れておきたい事があってさ」

「なんだ?」



省吾は『うさぎちゃんのご飯』を食べ終えると、缶コーヒーの残りを飲み干す。



「この前面接した麻生さんの事なんだけど、あの日彼女が遅刻して来たって言い張る人間がいてさぁ……で、杉田君が困ってるみたいなんだ」

「ん? 誰がそんな事を言ってるんだ?」

「人事部の名取美沙。あの日は彼女が担当だっただろう?」

「ふーん、で、どのくらい遅刻してきたって?」

「それがなんかはっきりしないんだよ。でも遅刻は絶対にしたって言い張ってる」



そこで省吾は首を傾げる。



「そりゃおかしな話だなぁ。実は俺、あの日昼飯を食いに行った裏のカフェで麻生さんを見てるんだ。彼女は俺よりも先に店を出たから、遅刻したなんて考えられないんだけどなぁ?」

「それは本当か?」

「ああ、間違いない」

「そっか。じゃあなんで名取君は彼女が遅刻したって言い張るんだ?」

「そんなの知るかよ」



二人は一瞬押し黙る。その後すぐに目を見合わせてから「あっ!」と声を出す。

先に口を開いたのは省吾だった。



「そういやここ最近秘書の面接を受けに来た人のほとんどが遅刻してるよなぁ? おかしいと思わないか?」

「確かに! 遅刻だったり態度が悪かったり、そんな理由ばかりで却下してるもんなぁ」

「うーん、なんか変だぞ? 公平悪い! 麻生さんの面談の日のカメラを全部チェックしてもらってもいいか? 録画はまだ残ってるはずだから」

「わかった、調べてみるよ。任せろっ!」



そう言って公平は部屋を後にした。

公平がいなくなると、省吾は顎に手を当てて考え込む。



「まさか……な……」



省吾はそう呟きながら窓の外をじっと見つめた。




その頃、人事部では名取美沙が激しい口調で部長の杉田に食って掛かっていた。



「なんで遅刻するようなルーズな人が、CEO付けの秘書に採用されたんですか?」

「だから何度も言ってるけど、それは役員全員一致で決定した事なんだよ」



杉田はうんざりした口調で言う。そしてもう一度美沙に確認した。



「本当に麻生さんは遅刻して来たんですか? そんなルーズな人には見えなかったけどなぁ」

「本当ですっ! あの日約束の時間に部屋に行ったら誰もいなかったんですから! その後しばらくして息を切らしながら彼女が駆け込んで来たんです! 呆れちゃいますよね、あんなルーズな人が秘書志望なんて! 部長! 本当にいいんですか? 私は会社の為を思って真剣に言ってるんですよっ!」



美沙は目をウルウルさせながら必死に訴える。

しかしその表情はどう見ても演技にしか見えなかった。



「わ、わかりましたから名取さん……そんなに興奮しないで下さい。ちなみにその件はちゃんと報告しましたから、あとは上層部に任せましょう。とりあえず名取さんは通常業務に戻って下さい」



杉田の言葉にまだ納得がいかない美沙は、再び強い口調で言う。



「私はこの会社に入った時からずっと秘書を希望しているんです。その為に秘書検定まで取ったんですよ! だから杉田部長が推薦して下さいっ! 深山CEOの秘書にっ!」

「ああ……わかりましたわかりました……また秘書の枠に空きが出たら考えますから。とにかく今は自分の席に戻って仕事を続けて下さい」



杉田が美沙をなだめるように言うと、美沙は頬を膨らませたまましぶしぶと自分の席へ戻って行った。



二人のやり取りを、近くにいた社員達がうんざりとした様子で聞いていた。

美沙の我儘な行動は、これまでに何度も見てきた。



実は美沙は CyberSpace.inc の大株主でもある花菱電機・会長の孫娘だった。

会長からのたっての願いで、三年前美沙をこの会社に受け入れた。


いかなる時も CyberSpace.inc への縁故入社は禁止されている。それは省吾の方針でもあった。

しかし美沙に関しては CFO の君島健斗からのどうしてもという要望で仕方なく受け入れてしまった。

当時開発中のプログラムに、花菱電機からの資金援助が欠かせなかったからだ。


美沙が縁故入社だという事は、社員達も薄々気付いている。

それは美沙の社内での行動を見ていればわかる。

美沙は全く仕事が出来ない。いや、仕事が出来る出来ない以前に、社会人としての一般常識が欠けていた。

おそらく今までまともに外で働いた事がないのだろう。


そんな美沙が会社でやる事と言えば、頻繁にトイレへ行き化粧直しをする事、用もないのに社内をうろつく事くらいだ。

自分に回って来た面倒な仕事は、全て派遣に押し付ける。

そして楽な仕事だけを受け持ち毎日定時に帰る。それが美沙の日課だった。


祖父に頼んでまで美沙がこの会社に入った理由は、もちろんCEOの深山省吾を射止める為だ。

その為に美沙は一年前に秘書検定三級を取った。資格取得等には全く興味がなかった美沙が、運転免許証以外に初めて取った資格だ。

そこに美沙の本気度が表れている。


美沙はなんとしても省吾の秘書になり、ゆくゆくは彼の恋人の座、そして妻の座に就く事を狙っていた。

銀色の雪が舞い落ちる浜辺で

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