女性の家の外観はかなり古びていたが、一歩中に入ると想像とは全く違っていた。
玄関から廊下、そしてリビングダイニングまですべて和モダンのインテリアでまとめられとても素敵だ。
リビングには骨董ダンスが置かれ、ダイニングにあるテーブルは天板が古い引き戸で出来ていた。おそらく古民家の建具を使っているのだろう。そしてテーブルの傍には肘掛けがある曲木の椅子が4脚置いてあり座面には藍染の座布団が敷いてあった。
骨董ダンスの上には古伊万里の器が飾られ、壁には藍染のタペストリーが掛かっていた。
まるで古民家カフェにでもいるようなとても落ち着く素敵な室内だった。
「どうぞ、そこへお掛けになって」
「はい、失礼します」
曲木の椅子はとても座り心地が良い。
女性はすぐに大きなストーブに火をつける。すると部屋はすぐに暖かくなってきた。
カウンターキッチンからコーヒーの良い香りが漂い始めると瑠璃子は女性に話しかけた。
「和のインテリアが素敵ですね。それにあのタペストリーも…素晴らしいです」
瑠璃子の言葉に女性は嬉しそうに微笑む。
「私ね、定年まで東京の大学で染織を教えていたの。だから藍染は全部自分で作った物なのよ」
「え? 先生だったのですか? それは凄いわ。という事は美大で?」
「そう。八王子の方の大学……あ、八王子って言ってもこっちの人はわからないわね」
「わかります。私、去年の9月まで東京にいたので」
それを聞いて女性は驚く。
「あらぁ、そうなの? 私もこっちに戻って来たのは去年の春なのよ」
女性はニコニコしながらコーヒーとケーキを持ってくると瑠璃子の前に置いた。カップも皿もとても素敵な和の器だった。
「さ、どうぞ」
「いただきます。器がとっても素敵! それにケーキも美味しそう」
瑠璃子はコーヒーの器をじっくりと眺めてから一口飲んだ。
「そう言えば自己紹介をしていなかったわ。私、大石秋子(おおいしあきこ)と申します。『あきこ』の『あき』は四季の『秋』よ」
「村瀬瑠璃子です」
「瑠璃子さんって仰るのね、素敵なお名前! 『瑠璃』は瑠璃色の『瑠璃』かしら? 藍染の藍も瑠璃色に近いのよね。これも何かのご縁かしら」
「あ、はいそうです。確かに瑠璃色は藍染の色に近いですよね」
そこで二人は微笑む。
秋子は定年後しばらく東京にいたが、一人暮らしをしていた父親が身体を壊して入院したのを機にこの実家に戻って来たと言った。その父親も去年他界し、その後実家であるこの家に移り住む事を決めたそうだ。
「瑠璃子さんは? 何どうしてわざわざ東京からこの岩見沢に?」
そこで瑠璃子は以前祖母がこの町に住んでいて子供の頃に何度も来た事があると説明した。そして聞き上手な秋子の誘導によりつい失恋の事も話してしまう。事情を聞いた秋子は特に驚く様子もなく穏やかな口調で瑠璃子にこう言った。
「まあ生きていればいい事も悪い事も色々あるわ。でもそこで思い切って行動したのは良かったんじゃない? 人間、前向きに進んでいればきっといい事があるはずよ」
長い人生を歩んで来た秋子の言葉には重みがある。その言葉に瑠璃子は元気付けられた。
それから秋子は自分のプライベートについて瑠璃子に話してくれた。
秋子はこれまでずっと独身だった。実は秋子は長年職場の同僚でもあった画家である教授にずっと片思いをしていた。
男性は既婚者だったが10年前に妻が亡くなった。その時に思いを伝える事も出来たのだが、秋子は告白はしないままずっと良き同僚として定年まで付き合ってきたと言った。
今思い返すとその選択は間違っていなかったとしみじみ言う。同僚として付き合ったからこそずっと良い関係を続けて来れたのだと。
「定年まで毎日一緒にいられたんですもの。幸せだったわ」
秋子は穏やかな笑みを浮かべる。
瑠璃子はその笑顔を見て心の中に感動が溢れていた。
秋子の『片思い』はまさに『promessa』の小説に描かれている『見守るだけの愛』だった。
この世に『見守るだけの愛』が本当に存在していた事を知り瑠璃子は胸がいっぱいになる。そしてそんな愛を貫き通した秋子の潔さに思わず敬意を表したくなる。
(私もそんな凛とした女性になりたい。秋子さんのように素敵な歳の取り方をしたい)
心からそう思った。
話に夢中になっているとあっという間に時間が経過していた。瑠璃子は時計を見てびっくりする。
「もう8時! すみません、こんなに長居をしてしまって……」
瑠璃子は慌てて立ち上がった。
「いいのよ、私も久しぶりに若い方とお話が出来て楽しかったわ」
瑠璃子が玄関へ向かうと秋子はキッチンから残りのケーキを持って来た。
「これ、あともう半分持って行ってもらえるかしら?」
「え? いいんですか?」
「ええ。食べきれなかったから本当に助かったわ」
「ありがとうございます。あ、そうだ、今度は是非うちにも遊びにいらして下さい」
「まぁ、ありがとう。嬉しいわ」
秋子はニコニコしながら瑠璃子を見送った。
大石家を出た瑠璃子はケーキの箱を抱えながら思った。
(また素敵なお友達が出来たわ)
瑠璃子はニッコリと微笑むと元気にマンションへ戻って行った。
翌朝、昨夜から降り続いた雪がかなり積もっていた。
瑠璃子がいつものようにマンションの前で大輔を待っていると、斜め前の家から秋子が出て来た。秋子は玄関前の雪かきを始める。
そこで瑠璃子は傍へ駆け寄り声をかけた。
「おはようございます。昨日はご馳走様でした」
「あらおはよう、こちらこそ楽しかったわ! いっぱい降っちゃったわねぇ。今から出勤?」
「はい。同僚が迎えに来てくれるので車待ちです」
その時ちょうど大輔の車が二人の前に停まった。
「あ、じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
笑顔で手を振った秋子は運転席にいる大輔と目が合った。
すると大輔が軽く会釈をしたので大石も笑顔で挨拶をする。
秋子に見送られながら車はスタートした。
運転しながら大輔が瑠璃子に聞いた。
「知り合い?」
「はい。向かいのお宅の方です。昨日お友達になりました」
それから瑠璃子は昨日の出来事を大輔に話した。もちろん秋子の片思いの事も全てだ。
「本当に素敵な人なんです。私もあんな芯のある女性になりたいです」
「へぇ……尊敬出来る友達が出来て良かったね」
「はい」
瑠璃子は嬉しそうにニコニコした。
その話題がひと段落すると、瑠璃子は以前から気になっていた事を大輔に聞いた。
「先生、ちょっと脳の機能の事をお聞きしてもいいですか?」
「ん? どんな事?」
「友人の知り合いに小さい頃の記憶がほんの一部分消えてしまった人がいるんです。そういう記憶障害って大人になってから戻ったりするものなんですか? それとも永遠に戻らないのかな?」
「うーん、色々なデータを見ないとなんとも言えないけれど、どっちの可能性もあるんじゃないかな? もちろん記憶をなくした原因にもよっても違うだろうし…だから一人一人違うかもしれないね」
「やっぱりそうですよね…」
瑠璃子はがっかりした様子で窓の外の雪を見つめる。
その時大輔が話題を変えた。
「ところで瑠璃ちゃん、来週の金曜日って休みだったよね? 僕も休みだからよかったら木曜日の夜からうちに来ないか?」
瑠璃子は突然の誘いに驚き一気に現実に引き戻された。
びっくりしている瑠璃子に向かって大輔は続ける。
「木曜の夜はうちで過ごして金曜の夜は外へ食事にでも行こうか?」
「えっと…あの…それって…つまり泊まりでって事ですか?」
「うん。一泊する準備をしておいで」
「えっ…あ…はい。え? あ、でも……はい、わかりました」
瑠璃子がパニックを起こしているのを見て大輔は笑いをこらえている。そして更に付け加える。
「木曜の夜は病院の帰りにマンションに寄って君を拾っていくよ。時間は多分7時頃かなぁ? 時間がズレそうだったらまた連絡を入れるよ」
「わ、わかりました……」
瑠璃子はなんとか平静を装い返事をしたものの、心の中では「キャーッ」と思い切り叫んでいた。
コメント
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きゃー🤭私も皆さまにならい、きゃー🥰大輔先生攻めますね!大好きなのがわかります!瑠璃ちゃん、びっくりだけど幸せだね🥳私も嬉しいし、幸せだ🤩
キャアー(///ω///)♡♡♡ 瑠璃ちゃん、遂にお泊まり💓ドキドキ.... 秋子さんも素敵な女性.... 潔い生き方に 憧れます✨
( *´艸`)︎💕大輔先生、もぅ、ほんと当たり前に俺の瑠璃ちゃんにしてる。(笑)ꉂ🤣𐤔 イイんだけど。イインだけど( ´∀`)✨💕 コレ、プロポーズ近いよね。💍🤣 来月、ラベンダー畑(雪だけど)10時集合?なのかな?🤗