そしていよいよ木曜日がやってきた。瑠璃子は朝から変な緊張に包まれている。
仕事に関してはミスをしないよう細心の注意を払っていたが、隙間時間にはつい今夜の事を考えてしまう。
瑠璃子は昼休みも食事をしながら一人悶々としていた。
そこへちょうど早見陽子が来た。瑠璃子は最近昼休みに陽子とお喋りをする事が増えていた。
「瑠璃子さんどうしたの? 深刻な顔をして何か考え事?」
「い、いえ、ちょっとぼーっとしていました」
「それならいいけど…ところで実は報告があるんです」
陽子は声のトーンを抑えて瑠璃子に言った。
「報告? 何ですか?」
「うん……実はね……先週、佐川先生のお家に……お泊まりしちゃいましたーっ」
陽子は頬に両手を当てて嬉しそうに言ったので思わず瑠璃子は前のめりになる。
「えっ? っていう事は、……ですよね?」
「そうでーす」
陽子は少し照れながらも幸せそうだ。そこで瑠璃子は思い切って陽子に質問してみた。
「や、やっぱり、そういう事があってこそ本物の恋人同士って言えるんですよね?」
「うーん、どうでしょう? まあ私は付き合ったら自分の全てを相手に知って欲しいと思うタイプなので必須かも?」
陽子は自信に満ちた表情で答える。
昼休みを終えた瑠璃子はナースステーションへ戻る途中陽子の言葉を思い返す。そしてやはりそれが自然の流れなのだという結論に達する。
瑠璃子は小さく頷くと誰もいない廊下で、
「よしっ!」
と気合を入れた。
仕事を終えマンションへ戻った瑠璃子は、今夜大輔の家に持って行く夕食の準備を始める。
準備が終わるとシャワーを浴びてから身支度を始めた。
ブラウンのロングスカートにオフホワイトのセーターを着てから軽くメイクをする。ちょうどその時大輔からのメールが届いた。
【7時に行きます】
【承知しました】
時間になると瑠璃子は荷物を手にしてマンションを出た。
大輔の車が到着すると瑠璃子はすぐに助手席へ乗り込む。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
「はい」
辺りは既に真っ暗だった。道路を走る車からは街灯に照らされた大粒の雪がハラハラと落ちるのが見える。すれ違う車はほとんどなく、車は徐々に街明かりのない郊外へと入って行く。
その途中ラベンダーの丘の前を通り過ぎた。その瞬間、瑠璃子はふとあの青年の事を思い出していた。
そしてハッとする。
(私ったら何を考えているの? 今から先生の家に行くのよ。それなのに違う男の人の事を考えているなんて駄目じゃない!)
瑠璃子はすぐに頭の中から青年を追い出した。そしてこんな風に思う。
いっその事大輔がその青年だったらいいのにと。しかしそれはあり得ない事だった。
大輔の苗字は『中川姓』ではないし、以前瑠璃子とラベンダーの丘の前まで行った時に大輔は何も言わなかった。
もし大輔があの時の青年ならば、きっとあの時話してくれただろう。
また祖母の墓参りの時もそうだ。もし大輔が瑠璃子の祖母と面識があったならあの時話してくれたはずだ。
だから大輔はあの青年ではない。その確かな根拠は瑠璃子を更に憂鬱にする。
瑠璃子は憂鬱な気分を振り払おうと外の景色に集中した。
するといつの間にか辺りはおとぎの国のような景色に変わっていた。
「うわぁー、綺麗…」
瑠璃子は窓におでこを当てて外を覗き込む。
そんな瑠璃子の様子を大輔は微笑んで見ていた。
やがて車は大輔の家に到着した。
玄関には以前と同じように優しい明かりが灯っていた。
家に入ると大輔はすぐに薪ストーブに火を入れる。かなり冷え込んでいた部屋は徐々に暖かくなっていく。
瑠璃子はエプロンを着けると用意してきた食材をキッチンへ運び早速調理を始めた。
今夜のメニューはロールキャベツだ。瑠璃子は下ごしらえをしてきたロールキャベツをトマトベースのソースで煮込み始める。
煮込んでいる間に手早くサラダを作る。この後もう一品ホタテのガーリックソテーを作る予定だ。
その間に大輔はシャワーを浴びた。そしてリビングへ戻って来ると優しい曲調のジャズを流す。
そしてキッチンへ来てこう言った。
「いい匂いがするね。何か手伝うよ」
「じゃあ先生、このホタテのソテーをお皿に盛り付けていただけますか?」
「了解」
大輔は慣れない手付きで皿に盛り付け始める。その手付きはなんとも不器用だ。それを見た瑠璃子は思わず声を出して笑う。
「先生、手術は器用なのに盛り付けは下手過ぎますっ! そんなにゆっくりだと明日になっちゃいますよー」
それを聞き大輔はムキになって速度を速めた。その様子が可笑しくて瑠璃子は更に声を出して笑った。
その後大輔は使い終わった容器や鍋も洗ってくれる。
その間に瑠璃子はフランスパンを切り分けて出来上がった料理と共にテーブルへ運んだ。
洗い物を終えた大輔はワインを持ってきて開ける。
「先生、今日は飲むの?」
「僕は飲まないけど瑠璃ちゃんはワイン好きだろう? だから飲むといい」
大輔はグラスにワインを注いでくれた。
それから二人は向かい合って食事を始める。
「このロールキャベツ美味いなぁ」
「お口に合って良かったです」
大輔はトマトベースのロールキャベツが気に入ったらしく何度も美味しいといっておかわりをした。
そしてホタテのガーリックソテーを食べながら瑠璃子が言った。
「こちらで売ってるホタテがあまりにも安くてびっくりしました。東京の半額くらいかも?」
「そんなに違うんだ?」
「はい。こっちは物価が安いのでスーパーを見て歩くのが楽しいです」
瑠璃子はニコニコして言う。
その後も楽しく会話をしながら二人はゆっくりと食事を楽しんだ。
食事が終わり瑠璃子が食洗器に皿を入れていると大輔がコーヒーを淹れてくれた。
瑠璃子はデザートにティラミスを買っていたのでテーブルに運ぶ。
そして二人はデザートを食べながら人生ゲームを始めた。
以前オセロで大負けをした瑠璃子は今度こそはとムキになっている。すると今度は瑠璃子が大富豪になり勝利した。瑠璃子はニコニコとご満悦の様子だ。
その後は二人で映画を観る事にした。映画は以前話題になったヒューマンドラマの映画だ。
映画のあらすじは修道院で子供を産んだ10代の女性が子供と生き別れになり、女性が年老いた時に息子を探し始めるというものだった。その映画はユーモアに溢れ様々な人間ドラマも含んでいてかなり見応えがあるものだった。そして映画のラストでは意外な展開を迎える。
その切ないラストに瑠璃子の涙が止まらない。泣き続ける瑠璃子に大輔はそっとティッシュの箱を渡した。
映画が終わり時計が0時を回る頃、静寂に包まれた室内では薪ストーブのパチパチという音だけが響いている。
瑠璃子はワインを飲み過ぎたのか、本を手に持ったままうとうととしていた。
そんな瑠璃子を大輔は微笑みを浮かべて観察している。
そしてとうとう瑠璃子は本格的に寝入ってしまった。大輔はしばらくの間瑠璃子の寝顔を見つめていたが、起きる気配がないので瑠璃子を静かに抱き上げるとベッドルームへ連れて行く。
ベッドに下ろされても瑠璃子は全く起きる気配がない。
大輔はそんな瑠璃子をしばらく愛おしそうに見つめた後、瑠璃子の頬にそっとキスをしてから明かりを消して静かに部屋を出て行った。
コメント
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一緒にご飯を食べてマッタリ、🍷も入り 気持ち良くなって眠ってしまった瑠璃ちゃん....🤭 そして、そんな彼女の 可愛い寝顔を見て 幸せそうな大輔さん💖( *´艸`)
深々と降る雪の音、薪の音、静かで素敵な夜を大好きな人と過ごす… なんて素晴らしい♡ でも寝ちゃったね😁 それだけ居心地が良いってことでw
手術が得意な先生でも、全てに器用という訳ではないのですね笑 お決まりのパターン?! 瑠璃ちゃん、寝てしまったのですね😂 でも、大輔先生は、その可愛い寝顔が見れて、大満足かな😍