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空乃 美晴
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雨晒しの原稿用紙
退院を目前にしたモンジェの病室で、クリストルンは院内の小さなテレビを見上げた。
白椿トイズの新商品速報。
画面の中では、上品な照明に照らされたぬいぐるみが回転台の上に置かれている。胸の奥に小さな録音装置を入れ、家族の言葉を届ける新機軸。説明だけを拾えば、確かに似ていた。
けれど、似ているだけだった。
司会者が流したのは、あらかじめ用意された明るい台詞だ。
「おはよう」「がんばってね」「またあとで」
どれも悪くない。けれど、切羽詰まった夜にしがみつきたくなる声ではない。泣きそうな子どもが抱きしめるための重さでもない。
モンジェが低く言う。
「薄いな」
「……うん」
「声を入れりゃいいってもんじゃない」
クリストルンは膝の上で手を握りしめた。
悔しい。腹も立つ。なのに、それより先に胸へ広がったのは、取り違えられたものへの悲しさだった。
「あれ、うちのじゃない」
気づけば口からこぼれていた。
病室の丸椅子に座るルチノが、静かにうなずく。
「分かってる」
「でも、似てるって言われる」
「言わせない」
短い言葉だった。けれど、その声にはいつもの堅さとは別の熱があった。
画面の中でエドワインが微笑んでいる。結果を手に入れる人の笑みだった。眩しい照明の下で、隙ひとつ見せない。
その顔を見ながら、クリストルンは不意に思った。
この人は、ずっとこうやって勝ち続けるしかなかったのかもしれない。
同情と怒りが同時に湧き、胸の中でぶつかる。
「クリストルン」
モンジェが呼ぶ。
「怒るのはいい。けど、怒りだけで作るな」
「……分かってる」
「おまえの玩具は、助けるためのもんだろ」
その一言で、彼女はようやく深く息を吸えた。
奪われたように見えても、芯まで盗まれたわけではない。
テレビの音を消すと、病室は急に静かになった。
静けさの中で、クリストルンは父の方へ向き直る。
「取り返す。名前も、意味も」
「おう」
モンジェは、病人らしくない大きなうなずきを見せた。
奪われたままの発表は、終わりではない。
本当に始まるのは、このあとだと、誰もが分かっていた。