テラーノベル
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「花火部って、どんな部活やったん?」
夕食のあと、花は祖父に尋ねた。
机の上には、昨日から見ている母親の写真が置かれていた。高校生の美咲と、その周りで笑う仲間たち。写真の裏には、あの一文が残っている。
『最後の夏になるなんて、誰も思ってへんかった』
何度読んでも、その言葉の意味は分からなかった。
ただ、花火部の夏を知りたいと思った。
母親がどんな時間を過ごしていたのか。誰と一緒にいて、何を大切にしていたのか。
自分が生まれる前の母親を、もう少しだけ知りたかった。
祖父は湯飲みを置き、少し考えた。
「花火部いうても、ただ花火で遊ぶだけの部活やなかったらしいで。花火のことを勉強したり、打ち上げの準備を手伝ったり、地域の人らと一緒に活動したりな」
「……学校で花火を作るの?」
「危ない作業は、きちんと管理された場所で、決められた手順に従うんや。高校生だけで何でもできるわけやない。美咲らは、そういう活動を通して花火に関わっとったんやと思う」
花は写真を手に取った。
写真の後ろには、古い建物が写っている。壁には花火部の文字があり、入口の近くに大きな箱が積まれていた。
「この建物は?」
祖父は写真をのぞき込んだ。
「花火部が使っとった建物やな。部員らが集まって、準備したり、話し合いしたりしとった場所や」
「……お母さん、ここに毎日行ってたの?」
「学校が終わってから、よう通っとったみたいやな。家に帰ってきても、花火部の話ばっかりする日があったわ」
花は、写真の中の美咲を見つめた。
家に帰っても、部活の話ばかりする。
そんな母親の姿は、まだうまく想像できなかった。
けれど、少しだけ知りたいことが増えた。
「おじいちゃんは、そのときのこと、覚えてる?」
「全部は覚えとらんで。わしが知っとるんは、美咲が家で話してくれたことくらいや」
祖父は写真をそっと机に戻した。
「それでも、あの子が花火部を大事にしとったんは覚えとる」
その声には、懐かしさと、簡単には言葉にできない何かが混じっていた。
花は、もっと聞きたかった。
けれど、祖父が話せることにも限りがあるのだと、少しずつ分かってきていた。
母親の人生は、祖父が知っていることだけでできているわけではない。
写真に写っている友達も、母親と一緒に過ごした時間を知っているはずだった。
その人たちは今、どうしているのだろう。
花は、写真に写る顔を一つずつ見た。
母親の隣で笑っている女の子。
後ろでふざけている男の子。
カメラを向けられて、少し照れたように笑っている人。
みんな、名前も知らない人たちだった。
「……この人たちのこと、知ってる?」
祖父は写真を受け取った。
「顔は覚えとる人もおるけど、名前まで全部はなあ」
「そっか……」
花はうなずいた。
「でも、花火部のことなら、もっと分かるかもしれへんな」
祖父がそう言った。
「……どうやって?」
「美咲のアルバムや、昔のもんを探したら、何か出てくるかもしれん。部活の記録も、残っとる可能性はあるやろ」
花は、写真を見つめた。
「……見てみたい」
「ほな、今度一緒に探そか」
花は、小さくうなずいた。
母親のことを知りたいと口にするたび、知らなかった世界が少しずつ広がっていくようだった。
それがうれしかった。
同時に、まだ知らないことがたくさんあるのだと思うと、少し怖くもあった。
それでも、知りたかった。
その頃の美咲は、花が想像していたよりもずっと騒がしい高校生だった。
夏の朝、教室に入るなり、鞄を机に置いて声を上げる。
「聞いてや! 昨日、花火部の先輩に頼まれた資料、家に忘れてきた!」
「朝から何を大声で言うてんねん」
窓際の席に座っていた少女が、呆れたように振り返った。
彼女の名前は、紗季。
美咲とは入学してすぐに知り合い、花火部に入る前からよく一緒にいる友人だった。しっかり者で、忘れ物の多い美咲の世話を焼くことも多い。
「だって、今日いるやつやねん! 昨日の夜、ちゃんと鞄に入れたと思っててん!」
「思っただけやろ。入れたかどうか確認せえへんから、そうなるんや」
「いや、ほんまに入れた気がしてん!」
「気がする、で提出できたら苦労せえへんわ」
紗季がため息をつくと、後ろから別の声がした。
「美咲、またかいな」
振り返ると、男子生徒が笑っていた。
亮介だった。花火部の部員で、誰かが困っていると放っておけない性格だが、口を開けば余計な一言を添えることが多い。
「またって何やねん! たまにやん!」
「先週もノート忘れとったやろ」
「それは先週の話やん!」
「昨日も部活の集合時間、勘違いしとったし」
「亮介、あんたほんま腹立つな!」
美咲が机を軽く叩くと、近くにいた生徒たちが笑った。
「はいはい、喧嘩はそこまで。美咲、うちのノート貸したるから」
紗季が鞄からノートを取り出した。
美咲は、ぱっと顔を明るくした。
「ほんま!? ありがとう、紗季! 大好き!」
「はいはい。あとでジュースおごってな」
「ええよ! 何でも好きなん選んで!」
「その言葉、忘れんといてや」
「忘れるわけないやん!」
亮介が横から口を挟んだ。
「美咲の場合、その約束ごと忘れそうやけどな」
「亮介、ちょっと黙っといて!」
また笑い声が上がった。
美咲は頬を膨らませたものの、自分でもおかしくなって笑ってしまった。
教室の窓から、夏の光が差し込んでいた。
蝉の声が遠くから聞こえる。
その日も、いつもと変わらない朝だった。
忘れ物をして、友達に借りて、くだらないことで言い合って。
美咲にとって、それは特別なことではなかった。
明日も同じような朝が来る。
そう思っていた。
放課後、花火部の活動場所には、すでに何人かの部員が集まっていた。
建物の中には長机が並び、壁には過去の活動写真や、地域の花火大会に関する資料が貼られている。
窓を開けても、夏の熱気はなかなか逃げていかなかった。
「暑すぎへん? ここ、ほんまに人間がおる場所?」
美咲は、鞄を床に置きながら言った。
「ほな、外で待っとくか?」
亮介が答える。
「嫌や。外も暑いやん」
「文句ばっかりやな」
「暑いもんは暑いねん!」
「二人とも、活動始める前から元気やなあ」
部長の直人が、資料を持ってやってきた。
直人は三年生で、花火部をまとめる立場にいた。普段は落ち着いているが、活動のことになると細かいところまで確認する。
「美咲、今日の資料は?」
「……あります!」
美咲は勢いよく答えた。
紗季が横で吹き出した。
「朝、忘れた言うて大騒ぎしとったやん」
「学校の資料は忘れたけど、こっちの資料はあるねん!」
「ややこしいなあ」
「ややこしないわ!」
直人は苦笑した。
「まあ、必要なものが揃っとるならええわ。今日は夏の活動の段取りを確認するで」
部員たちが机の周りに集まった。
壁には、地域の花火大会の日程が書かれた紙が貼られていた。
今年の夏、花火部は大会の準備を手伝うことになっていた。打ち上げの現場に立ち入るのではなく、事前の案内づくりや、会場の準備、地域の人たちへの説明など、さまざまな役割を担う。
美咲は、その話を聞くと目を輝かせた。
「今年も花火、近くで見られるんやんな?」
「安全な場所からな。勝手に近づいたらあかんで」
直人が念を押す。
「分かっとるって!」
「去年も同じこと言うた気ぃするけどな」
亮介が笑った。
「去年は去年! 今年は今年!」
「その理屈、便利やなあ」
紗季が肩をすくめる。
美咲は笑いながら、机の上の資料に目を落とした。
花火部に入ってから、夏が楽しみになった。
花火大会の日だけではない。
準備をしている時間も、みんなで相談する時間も、活動が終わってから帰り道に寄り道する時間も、全部好きだった。
うまくいかないこともある。
意見が合わずに喧嘩することもあるし、先輩に注意されて落ち込むこともある。
それでも、翌日になればまた顔を合わせる。
昨日の喧嘩を引きずっていたら、誰かが冗談を言って笑わせてくれる。
誰かが失敗したら、みんなでどうすればいいか考える。
美咲にとって、花火部はそういう場所だった。
何かを完璧にできる人だけがいていい場所ではなかった。
失敗したら、やり直せばいい。
分からなければ、聞けばいい。
困っていたら、誰かが気づいてくれる。
そんな当たり前のことが、ここにはあった。
「美咲、そこ逆やで」
紗季に言われ、美咲は資料を見直した。
「あ、ほんまや!」
「ちゃんと見てから返事しぃや」
「はいはい、先生」
「誰が先生やねん!」
亮介が笑い、直人も小さく笑った。
美咲は間違えた箇所を直しながら、みんなの顔を見た。
この人たちと、もっと一緒にいたい。
来年も、その先も。
そんなことを、当たり前のように思っていた。
活動がひと段落すると、部員たちは建物の前に集まった。
夕方の空は、まだ明るかった。
「帰り、駅前寄っていかへん?」
亮介が言った。
「また何か食べるん?」
紗季が聞く。
「ええやん。暑かったし、冷たいもん食べたいねん」
「亮介、さっきもジュース飲んどったやろ」
「それとこれとは別や」
美咲が手を挙げた。
「うち、行く!」
「美咲は何でも行く言うなあ」
紗季が呆れたように言った。
「だって、みんなで寄り道するん楽しいやん」
その言葉に、紗季は一瞬だけ黙った。
それから、少し笑った。
「……まあ、それはそうやな」
結局、直人も含めて四人で駅前へ向かうことになった。
途中の道で、亮介がふざけて美咲の鞄を指さした。
「今日は忘れ物、入っとるんか?」
「入っとるわ!」
「ほんまに?」
「ほんまやって!」
「ほな、明日になったら分かるな」
「なんで明日やねん! 今、確認できるやろ!」
美咲が鞄を開けて中身を見せると、紗季が笑った。
「ほんまに全部あるん?」
「……たぶん」
「ほらな!」
亮介が声を上げる。
美咲は鞄を閉じて、亮介の背中を軽く叩いた。
「もう、あんたら二人とも、うちのこと何やと思ってんねん!」
「忘れ物の多い友達」
紗季が即答した。
「口が悪い!」
三人の笑い声が、夕方の道に響いた。
駅前の店では、冷たい飲み物を買って、店の外のベンチに座った。
直人は部活の話をし、紗季は進路のことを少しだけ話した。亮介は途中で話題を変え、結局、全員でくだらない話をして笑った。
帰り道、空が少しずつ赤くなっていった。
美咲は空を見上げた。
「なあ、今年の花火大会、終わったあともみんなでどっか行こうや」
「まだ大会も始まってへんのに、気ぃ早いなあ」
紗季が笑った。
「ええやん。楽しみなことは先に決めときたいねん」
「直人先輩も来るん?」
亮介が尋ねる。
直人は少し考えてから答えた。
「予定が合えばな」
「絶対来てくださいよ。先輩がおらんかったら、誰が美咲の忘れ物を指摘するんですか」
「それ、俺の役割なん?」
直人が笑った。
美咲は頬を膨らませた。
「忘れ物の話、もうええって!」
また、笑い声が上がった。
誰も、特別なことを言っていたわけではなかった。
ただ、夏の終わりにも、来年にも、こうして一緒に過ごす時間が続くと思っていた。
それが当たり前だった。
当たり前すぎて、わざわざ口にする必要もないと思っていた。
明日も会える。
来週も会える。
来年になっても、きっとどこかで顔を合わせる。
そんな未来を、疑う理由はなかった。
夜、家に帰った美咲は、夕食を食べながら花火部の話をした。
「今日な、亮介がまたうちの忘れ物のこと言うてきてん!」
「また忘れもんしたんか」
父親が呆れたように言った。
「してへんわ! 朝、学校の資料を忘れただけや!」
「それを忘れもん言うんやろ」
「お父さんまで!」
母親が笑いながら、味噌汁を置いた。
「ええやないの。忘れたもんは、次から気ぃつけたらええんやから」
「ほら、お母さんは優しい!」
「ただ甘やかしとるだけやろ」
父親が言うと、美咲は笑った。
夕食のあと、自分の部屋に戻っても、美咲はしばらく花火部のことを考えていた。
夏の大会。
みんなで準備すること。
終わったあとに、どこかへ寄り道する約束。
考えるだけで、楽しみだった。
机の上には、学校の教科書と、花火部の資料が並んでいた。
美咲は資料を手に取り、明日の活動に必要なものを確認した。
今日は忘れ物をして、紗季に借りた。
明日は、ちゃんと持っていこう。
そう思いながら、必要なものを鞄に入れた。
最後に、花火部の写真を一枚、机の上に置いた。
先日、活動の合間に撮ったものだった。
美咲は真ん中で笑い、紗季が隣に立ち、亮介が後ろで変な顔をしている。直人は少し離れたところで、呆れたように笑っていた。
何でもない一日の写真だった。
特別な記念日でも、大きな出来事があった日でもない。
ただ、みんなで集まって、いつものように活動して、帰りに寄り道をした日。
美咲は写真を見ながら、笑った。
来年も、こういう写真が増えていくのだろう。
そう思った。
写真を机に戻し、部屋の明かりを消す。
窓の外では、夏の夜が静かに続いていた。
美咲は明日も学校へ行く。
友達と会い、部活に顔を出し、また何かを忘れて、紗季に呆れられるかもしれない。
亮介とは、またくだらないことで言い合いになるだろう。
それでも、明日が来ることを疑ってはいなかった。
まだ知らなかった。
この夏が、自分たちの人生を大きく変えることを。
この写真を、いつか誰かが、戻らない時間の証として見つめることを。
そして、この何でもない日々が、残された人にとって、どれほど大切なものになるのかを。
その夜、美咲は何も知らずに眠った。
明日も、みんなに会えると思いながら。
コメント
1件
もう第8話、読み終わったよ…🥺💦 花がおじいちゃんと一緒にお母さんの過去をたどっていくシーン、じんわり来たなあ。美咲の高校生活、紗季や亮介との何気ない日常があまりにも楽しそうで、読んでるこっちまで「このまま続くんだ」って思っちゃうのに…写真の裏の一文が重くのしかかってくるんだよね😭💔 「まだ知らなかった」って締めくくりが切なすぎて、次が気になって仕方ない!🏃♀️💨
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ruruha
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