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読み合わせのあとも、その一言の余韻は消えなかった。
ヌバーは悔しかったのか面白かったのか、同じ場面を何度も読み直した。今度は声色まで変えようとして、かえって変な生き物みたいな台詞回しになる。
モルリが腹を抱える。
「それ、人じゃない!」
「演技には幅が必要なんだよ」
「幅が沼!」
笑いの中で、さっきまで張りつめていた空気がゆるむ。サベリオはその隙に工具箱の方へ下がろうとしたが、デシアの声が追いかけてきた。
「さっきの、もう一回言って」
足が止まる。
「別に大したことじゃない」
「大したことだったから」
デシアは台本を開いたまま、真っ直ぐ見ていた。昔みたいに前へ出る強さはない。でも、言葉を聞き逃さない時の目は、今も変わっていない。
サベリオは観念して、同じ場面を指で示した。
「ここ、しずくの音のあとに台詞が来るだろ。だったら、最初の言葉は少し低い方がいい。しずくの方が先に聞こえてるんだから、人の声が勝とうとしなくていい」
ジャスパートの耳がぴくりと動く。
「分かる」
「そこだけ急に協力的」
モルリが笑う。
デシアは鉛筆を走らせた。
「しずくのあと、低く入る……」
「あと、この二人のやり取り」
サベリオは別の頁をめくった。
「仲がいいんじゃなくて、何度も同じ場所で会ってる感じが欲しい。初対面みたいに説明し合うと、不自然だ」
ホレが目をぱちぱちさせる。
「サベリオ、普通に見えてる景色が違うね」
「普通に見てるだけだ」
「普通に見てたらそこまで言えないのよ」
その時、モルリが膝を打った。
「ねえ、一番うまいの、あんたじゃない?」
シェルターがまた静まる。
サベリオは即座に顔をしかめた。
「違う」
「違わない。今の、役者に言うやつだもん」
「裏から見てただけだ」
「見てただけの人は、間の呼吸まで言わない」
ヌバーが面白がって乗ってくる。
「私の才能が潰される予感がする」
「最初から咲いてないでしょ」
ホレが容赦なく切る。
ミゲロは新しい床板へ釘を打ちながら、ぼそりと言った。
「前から思ってた」
サベリオはそちらを見る。
ミゲロはハンマーを置きもせず、続けた。
「お前、人が立つ位置を見る目だけは、昔から変にいい」
褒められているのか、逃げ場を塞がれているのか分からない言い方だった。
サベリオは息をつき、工具箱の蓋を閉める。
「主役の話なら別だ。俺はやらない」
口に出した瞬間、デシアの目がわずかに揺れた。
その揺れを見ないふりして、サベリオは入口へ向かった。橋の下の風が少し冷たい。
背中へ、モルリの声が飛ぶ。
「まだ言っただけ! 決定じゃないから!」
その言い方が、かえって決定の相談みたいで、サベリオは振り返れなかった。
けれど胸の奥では、もう誰かが扉を叩き始めていた。