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放課後、外は雨だった。窓を叩く水音と、エアコンの低い唸りだけが相談室を満たしている。
ノックもそこそこに、傘をたたんだ女子生徒が入ってきた。
「……あの、ちょっとだけいいですか」
日下部が顎で椅子を示すと、彼女はカバンを膝に置いたまま腰を下ろした。
表情はどこか張りつめている。
「……SNSって、やってますか?」
「いや、やってねぇな」
「ですよね……」
彼女は少し苦笑したが、そのあと視線を落とす。
「友達みんなインスタとかやってて……毎日“映える”写真あげたり、友達と遊んでる写真をストーリーにあげたり。私もやってるんですけど……正直、疲れました」
「何が疲れる?」
「……楽しくなくても、楽しそうに見せなきゃいけないことです。
学校では“いいね”の数で話題が決まることもあって……更新しないと、置いていかれる感じがする。でも、盛る自分と本当の自分が全然違ってきて……誰のためにやってるのか、もう分からない」
日下部はしばらく黙っていた。
机の上に置かれた彼女のスマホから、画面の光が淡く漏れている。
「無理して見せる自分は、いつか必ずバレる」
「……バレたら、終わりですよ」
「逆だ。バレたら楽になる。
全部見せる必要はねぇけど、全部隠すと自分がどこにいるのか分からなくなる」
彼女は唇を噛んだ。
「でも、やめたら……友達との距離が」
「距離が変わるなら、それが本当の距離だ。
“映える”ためにくっついてる関係なんて、長くもたねぇ」
雨音が少し強くなった。
彼女はスマホをカバンにしまい、深く息を吐いた。
「……ちょっと休んでみます。更新も、盛るのも」
「いいんじゃねぇか。休んで、残ってるやつが本物だ」
席を立つとき、彼女の顔から硬さが少し取れていた。
日下部は何も言わず、その背中を見送った。