胸の高鳴りを抑えながら、葉月は賢太郎に尋ねた。
「本気で言ってるの?」
「もちろん!」
「だって、私たち、出逢ったばかりよ」
「そうだけど、結婚してから互いの知らない部分を知っていくのも、新鮮で楽しいと思わない?」
「…………」
「怖い?」
「え? 何が?」
「また結婚に失敗するのが」
「…………もちろん怖いわ。失敗すれば、また航太郎を巻き込むことになるもの」
「でも、俺は君の前の旦那さんとは違うよ」
「わかってる。でも、不安なの。もう、あんな思いは二度としたくないし……」
「俺は、浮気はしないよ」
「口ではなんとでも言えるわ。絶対なんて、100パーセントありっこないし」
「いや、あるよ」
「ないわ!」
「葉月……」
賢太郎は、頑なな葉月に困惑しているようだ。
そんな彼を見た葉月は、まるで自分がひどいことをしているような気持ちになる。
その時、空の色が突然変わり始めた。
水平線に近い部分はサーモンピンク色に、その上に続く空は、淡い紫色が折り重なるように、綺麗なグラデーションを見せていた。
その美しい景色に目を奪われた葉月は、一瞬思考を止め、繊細で抒情的な光景に見入った。
葉月の隣にいた賢太郎も、感慨深げに空を仰いでいた。
「綺麗だね」
「うん、とっても……」
「葉月は、ここが好きなんだろう?」
「うん、大好きよ」
「この海も、お父さんが遺してくれた家も、大好きだからここから離れたくないんだよな?」
その言葉を聞いて、葉月は驚いた。
「なんで分かったの?」
「家を見たら分かるよ。古くても手入れが行き届いていて、いつも綺麗にしてる。元々センスのいい造りだから、ビンテージ風になっても、味わいがあっていいよね」
「ありがとう。そんな風に思ってくれてるとは知らなかったわ」
「うん。本当に居心地のいい家だと思うよ」
「私はあの家が大好きなの」
「分かってる」
「あの家にはね、父と母の思い出がたくさん詰まってるの。だから、私は一生あそこに住むって決めてるの」
その時、葉月の脳裏に、両親と過ごした幼い頃の情景が蘇ってきた。
『葉月、あまり走り回ったら転ぶぞ』
『ふふっ、だって気持ちがいいんだもん。ねえ、お父さん! ここに、葉月専用の花壇を作ってもいい?』
『もちろんいいよ。明日一緒に花の苗を買いに行こうか?』
『やったぁ!』
『葉月、ちょっとハーブガーデンでローズマリーを摘んできてくれない?』
『いいわよ、お母さん! 何本いる?』
『そうねぇ、二本くらいかな?』
『了解~』
両親との懐かしいやり取りを思い出しながら、葉月の瞳に涙が滲んだ。
鼻をツンと突く、あの頃と同じ潮の香りが、葉月の涙を一層溢れさせる。
気づけば、葉月は号泣していた。
切ない声を漏らし泣き始めた葉月を、賢太郎はしっかりと抱き締めた。
賢太郎の優しさを感じながら、葉月はこんな風に思った。
(この人なら、私のささやかな願いを叶えてくれるのかもしれない……)
その時、賢太郎が言った。
「結婚したら、あの家に住もう。三人でずっと、いつまでも……」
賢太郎からの思いがけない言葉を聞き、葉月は顔を上げた。
「いい…の?」
「いいから言ってる」
「でも、あなたは都心の方が便利なんじゃない?」
「大丈夫だ。撮影はほとんど地方だし、都内での用事だって毎日あるわけじゃない。それよりも、俺は、ここで、この場所で、葉月と航太郎と三人で暮らしたいんだ。俺は君と一緒に、あの家を守るよ」
「……うっ……ありがとう……」
「どういたしまして」
賢太郎は、葉月をギュッと抱き締めると、微笑みながら優しく身体を揺らした。
「なんか、泣けて泣けてしょうがないの……なんでだろう……ひっく……」
「今までずっと、弱音を吐かないように頑張ってたんだろう? だから、思いきり泣けばいいよ」
「……うん……ありがとう……」
しっかりと抱き合う二人の傍を、犬を連れた老夫婦が笑顔で通り過ぎていった。
夕日はいよいよ水平線に沈もうとしていた。
砂浜に佇む人々は、その神々しい瞬間を、祈るような眼差しでじっと見つめていた。
葉月は涙を拭うと、賢太郎とともにその美しい光景を胸に刻み付けるように見つめた。
日没後、家に戻ると賢太郎が言った。
「今日の夕食は、庭でバーベキューだよ」
「わぁ、いいわね」
葉月は、潮風が感じられる庭が大好きだったので、喜んだ。
そして、賢太郎が焼いてくれた肉や野菜を味わいながら、葉月は冷えたビールを堪能する。
ただ座っているだけで何もしなくてもいいディナータイムは、心地よく過ぎていった。
食事の間、二人の話は尽きなかった。
「結婚前に、家の改装をした方がいいかもな」
「やっぱりそう思う? 実は床がきしむところがあって、気になってたの」
「俺が引っ越してくるまでに、補強した方がいいな」
「そんなに荷物あるの?」
「まあまああるよ。カメラ機材とか、デカいパソコンとか?」
「そっか! お仕事道具だもんね。でも、予算がなー」
「リフォーム代は俺が出すよ」
「え? そんなの悪いわ」
「俺はこれから一生ここで世話になるんだ。そのくらいさせてよ」
『一生』という言葉に、葉月は希望を見出す。
でも、浮かれ過ぎは禁物だ。幸せな結婚生活を続けるには、互いの努力にかかっている。
食事を終えると、二人はデザートのぶどうを味わいながら、夜空に煌めく星を見上げた。
「夏の海沿いは湿度が多いから、空が霞んであまり観えないわね」
「そうだね。山の方が綺麗に観えるのかな?」
「今まで観た星空で、一番美しかったところはどこ?」
「うーん…いろいろあるけど、しいて言うなら福島が一番かな?」
「福島? うわー、私、行ったことない」
「じゃあ、航太郎を連れて、今度三人で行ってみる?」
「うん、行きたい」
葉月は星を見上げながら、返事をした。
「でも、あの子、帰ってきたら、びっくりするだろうなー」
「うん。でも、喜んでくれると思うよ」
「そうね。だって、あの子はあなたのことが大好きだもの」
「航太郎は、俺の息子になるのか。だったら、親子で撮り鉄旅にも行けるな」
「それは喜ぶと思うけど、受験前はやめてよね」
「そっか……了解!」
賢太郎は、穏やかに微笑むとコーヒーを一口飲んだ。
燃え盛る焚火の炎を見つめながら、葉月は心がゆっくりと穏やかになっていくのを感じた。
賢太郎との何気ない会話のひとつひとつが、愛おしくてたまらない。
その時、葉月の頭には、あの心理テストの結果が思い浮かんだ。
(私の求める『恋人の条件』は、『どんな時でもきちんと向き合い話をしてくれる人』だったわね……)
葉月は心の中でそう呟くと、傍にいる賢太郎を見つめた。
(この人が、その理想の人だったなんて……)
葉月は思わず嬉しくなり、ふふっと微笑んだ。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
「ならいいけど……葉月! これからもたくさん話しをしようね。俺は葉月といっぱい話したいし、もちろん航太郎とも……ね。わかった?」
「わかったわ」
そこで、二人の視線が絡み合う。
賢太郎は、火の始末をすると、葉月の手を取り家の中へと導いた。
二人が立ち去った庭には、かすかに波音が響いている。
夜空には、薄雲のフィルターに滲んだ星が、静かに瞬いていた。
その星々は、まるで二人の未来を見守るかのように、いつまでも優しい光を放っていた。
コメント
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賢太郎さん、葉月さん、 ご婚約おめでとうございます💐🎉 優しくて 暖かくて、ロマンティックで....✨ 最高に素敵なプロポーズ💏💖 湘南の海と夕日と星空と....🌇🌠🌊✨ 瑠璃マリ先生の表現描写の美しさに魅了されます🥺💕💕
賢太郎ちゃん素敵(;_;)🩷🩷🩷 航ちゃん良かったねー😆 弟妹できるのも楽しみやね(*^^*)
ご結婚おめでとうございます🎉💞 いつも心が温かく年甲斐もなく『キュン✨💞』になるお話ありがとうございます✨ 今放送されてるキョンキョンのドラマの中で、マリコさんのドラマ作ってくれないかな?