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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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「十二年前、母が提出した離婚届の上では、父はもう死んでいた」
私は真壁刑事の言葉を何度も頭の中で繰り返した。
目の前には父がいる。
水城雅彦。
生きている。
なのに十二年前、
役所の中では一度、
死んだ人間として扱われていた。
「見せてください」
私は真壁のスマートフォンへ手を伸ばした。
「水城さん」
「私、戸籍課です。何がおかしいか分かります」
画面には、照会してもらった古い処理履歴が表示されていた。
届出年月日。
十二年前の六月二十八日。
届出種別。
離婚届。
妻。
水城千佳。
夫。
水城雅彦。
処理結果。
不受理。
その理由。
夫死亡情報あり。確認不能。
「死亡情報あり……」
私は呟いた。
普通ではない。
死亡届が正式に受理されて戸籍に反映されていたなら、
父はとっくに除籍されている。
母が離婚届を出すこと自体、おかしい。
でも父の戸籍には死亡の記載がない。
つまり、
「正式な死亡届じゃない」
私は言った。
真壁が頷く。
「高瀬さんのときと似ていますね」
未来の日付で登録されていた死亡情報。
正式な戸籍処理へ進む前の、
あり得ないデータ。
「十二年前にも、誰かが父さんを死亡扱いにした」
「そう考えられる」
父は画面を睨んでいる。
「俺は知らない」
「本当に?」
私は訊いた。
「十二年前、父さんは家を出た。その直後に母は離婚届を出した」
「ああ」
「でも父さんが死んでることになってて受理されなかった」
「俺がやったんじゃない」
「じゃあ誰」
父は答えない。
私は気づいた。
「母は?」
「何が」
「母は、この不受理を知ってた?」
父の顔が僅かに動いた。
「知ってたんだ」
「……後から聞いた」
「誰に」
「千佳から」
十二年間連絡していなかったはずなのに、
やはり父と母は繋がっていた。
「母は何て?」
父は壁に刺さったままの包丁を見た。
「『離婚できなかった』って」
「それだけ?」
「それから」
少し間を置く。
「『あなたはもう一度死んでる』って」
背中が冷えた。
もう一度。
十五年前、
母は心停止して一度死んだ。
十二年前、
父も記録の上で一度死んだ。
「父さんにも死亡通知が来てた?」
「ああ」
「その死亡予定日は?」
父は記憶を探る。
「六月二十七日」
母が離婚届を出す前日。
「何時?」
聞く前から、
答えが分かる気がした。
「午後十一時四十分」
やっぱり。
「その日、何があったの」
「何も」
「本当に?」
「俺は死ななかった」
父は言った。
「その代わり、翌朝には役所の記録上で死んでいた」
死亡通知は、
人を殺すだけではない。
記録の上からも、
人を殺せる。
私は真壁を見る。
「だから母は離婚できなかった」
「可能性はあります」
「でも、どうして犯人は離婚を邪魔したんですか」
父と母を夫婦のままにして、
何の意味がある?
父が小さく言った。
「水城を残すためだ」
私は振り返る。
「何?」
「千佳もそう言ってた」
「水城って名字?」
「ああ」
「誰のために」
父は答えない。
また、
あの少女が頭に浮かんだ。
赤いランドセル。
名札の、
水城。
「奈緒さんの娘?」
父の表情で分かった。
「関係あるんだ」
「……ある」
「どういう関係?」
「俺も全部は知らない」
「その子を水城姓にするために、母と父さんが夫婦でいる必要があった?」
「違う」
父は首を振った。
「名字だけの問題じゃない」
「じゃあ何」
「戸籍だ」
空気が変わった。
私は戸籍課で働いている。
だからこそ、
その一言の重さが分かる。
「その子に戸籍を作ったの?」
「千佳が作ろうとしていた」
「勝手に?」
「俺は止めた」
「何で」
「もうあったからだ」
意味が分からない。
「その子の出生届はなかったって」
「出生届はなかった」
「なのに戸籍は?」
父は私を見る。
「澪と同じだ」
胸が強く打った。
私にも戸籍はある。
でも出生届が見つからない。
奈緒の娘も同じ。
「誰が作ったの」
「知らない」
「またそれ?」
「本当に知らないんだ!」
父が声を荒らげた。
「十二年前、あの子を連れて逃げる直前に、千佳から見せられたんだ」
「何を」
「戸籍の写し」
「その子の?」
父は頷く。
「誰の子になってた?」
父は答えなかった。
嫌な予感がする。
「奈緒さんの子?」
首を振る。
「母の?」
また違う。
「じゃあ誰の」
父の目が私へ向いた。
その瞬間、
真壁のスマートフォンが鳴った。
「はい、真壁です」
短いやり取り。
「……分かりました。送ってください」
電話を切る。
「何ですか」
「十二年前の離婚届について、追加の資料が出ました」
「追加?」
「同じ日に、もう一件届出が出ています」
父の顔が変わった。
「何だ」
真壁は画面を見る。
「認知届です」
私は息を止めた。
認知。
婚姻していない男女の間に生まれた子について、
父が自分の子だと認めるための届出。
「誰が誰を?」
真壁が父を見る。
「届出人は、水城雅彦さん」
「俺?」
父が立ち上がった。
「出してない」
「署名もあります」
「偽物だ!」
「認知された子どもは?」
私は訊いた。
真壁は一瞬ためらった。
そして画面をこちらへ向けた。
子。
女性。
名字は、
水城ではない。
私は名前を読む。
知らない名前だった。
篠宮ひかり。
「この人が……?」
父は画面を見た瞬間、
動かなくなった。
知っている顔だった。
「父さん」
「……」
「知ってるの?」
父の唇が震えた。
「その名前は……」
「誰?」
父が椅子へ崩れるように座った。
「奈緒の娘だ」
私は息を止めた。
赤いランドセルの少女。
十五年前に母親を失い、
母に引き取られ、
十二年前には父と一緒に消えた女の子。
その少女について、
父が認知した記録が残っている。
「じゃあ」
声が震えた。
「戸籍上、その人は父さんの娘なの?」
真壁が答えた。
「少なくとも十二年前、一度そういう届出が提出されています」
「一度?」
「こちらも正式な処理に至っていません」
「どうして」
真壁が離婚届の記録と並べる。
認知届。
処理結果。
保留。
理由。
届出人死亡情報あり。
私は言葉を失った。
犯人は、
父を記録の上で死なせた。
そのせいで、
離婚も、
認知も、
止まった。
まるで、
家族関係を途中で凍らせるために。
「父さん」
私は訊いた。
「本当に、その子の父親じゃないの?」
父はすぐ答えなかった。
「奈緒さんの娘の父親は違うって、榊原さんは言ってた」
「……」
「父さんも今まで否定しなかった」
父は両手で顔を覆った。
「俺は、奈緒の娘の父親じゃない」
「じゃあどうして認知届があるの」
「知らない」
「誰かが父さんの名前を使った?」
「ああ」
「母?」
「違う」
「どうして言い切れるの」
父は顔を上げた。
「千佳は、その認知届を見て初めて知ったんだ」
「何を」
父は私を見る。
「俺に、もう一人娘がいることになっていたことを」
静かになった。
父には、
私とは別に、
娘がいる。
少なくとも、
戸籍を作ろうとした誰かは、
そういう家族を作ろうとしていた。
真壁が資料を拡大する。
「まだあります」
「何ですか」
「子どもの生年月日」
父が止める。
「言うな」
私は父を見る。
「どうして?」
「澪」
「何なの」
父は目を閉じた。
「次を見たら、お前はもっと混乱する」
「もう十分してる」
私は真壁へ向き直った。
「見せてください」
画面には、
篠宮ひかりの生年月日が記されていた。
私は数字を見た。
そして、
自分の誕生日を思い浮かべた。
同じ、
五月十七日。
ただし、
問題はそこではなかった。
出生年を見た瞬間、
息が止まった。
私は真壁を見る。
「これ……間違ってません?」
「記録上はこの年月日です」
「だって、この子は十五年前、七歳だったんでしょう」
誰も答えない。
「なら今、二十二歳のはずです」
父が俯く。
でも認知届に書かれていた生年月日なら、
篠宮ひかりは二十二歳ではない。
私と、
同じ二十九歳になる。
奈緒の娘は七歳年下だったはずなのに。
戸籍の上では――
私と同い年だった。
コメント
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「私と同い年だった」で終わった瞬間、マジで背筋冷えたわ…。奈緒さんの娘が七歳下なのは確定してたのに、戸籍上は澪と同じ二十九歳って、どういうことだよ。年齢まで操作されてるって、もう誰が何のためにやってるのか全然読めない。父さんが「見たら混乱する」って止めたのも分かるし、でも澪はそれでも見るって決めたのが彼女の覚悟の表れで好きだ。次の話、めっちゃ気になるわ🔥