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#怪異
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「――キミカちゃん、お世話になっています、栗原です。昨夜はお騒がせして本当にごめんなさい。だけど、一応退院許可も出ましたし、一度そちらにご挨拶させて頂きたいです。……あ、いきなりお宅にお邪魔すると言うのもあれですし、一度、神社で待ち合わせってできます?」
早口で、留守録にそう残し通話を切る。
電波の届かないところにいるらしく、キミカと連絡は取れなかった。まだるっこしいが、考えようによっては好都合だ。怪しまれずにあいつを呼び出すことができる。
ちなみに退院許可がおりたと言うのは真っ赤な嘘だ。幸いにも私の着替えなどはベッドの下に置かれていたため、ごく自然に病院を抜け出すことができた。
童ノ宮に向かう途中、偶然見かけた金物屋に立ち寄った。
そこで出刃包丁を一本、購入する。
「なかなかの業物でしょう?」
年配の、人のよさそうなご主人が会計をしてくれながら話しかけてくる。
「品を仕入れている職人の腕がよくてね。お料理はお好きで?」
「いえ、特には。でも、近々、親戚同士の集まりがありまして。食べ盛りの子達もいますから。たまにはない腕を振るうのも悪くないかなって……」
「ほお。賑やかそうで羨ましいですなぁ」
「ええ。みんな、可愛いですから」
ご主人に微笑み返しながら――、私は呆れ果てていた。ペラペラ、ペラペラと。あることないことを喋り続ける自分の舌に。
だけど、これなら私も人並みに自分の人生の幸せを満喫している女に見えるだろう。もっとも、そこに意味はない。何一つない。そもそも、世の中が言う幸せとやらに私には触れた記憶さえない。ただの一度もない。
だけど、駆け出して終わったとは言え、私は元女優だ。
他人をだますことはそれなりに得意だ。他人だけじゃない。自分で自分をだますことも。
礼を言って金物屋を出た後。大通りを抜けて真っ直ぐに神社、童ノ宮を目指す。
夏渡りの儀、だっけ?
このクソダサネーミングの祭りは一週間もの長きに渡って続くらしい。
街の大通りは相変わらずたくさんの出店や見物客であふれ、ウンザリするほどの熱気に満ちていた。
ムカつく。どいつもこいつも幸せそうな顔をしやがって。私が人生のどん底に陥って、アップアップして死にかけている時に。
……だけど、きっと大騒ぎになるんだろうな。
道を譲ってくれた親子連れに小さく頭を下げながら私は思った。
祭りの真っ最中に人が死んだら、間違いなく警察沙汰になる。
だろうし、そうなれば人が街から離れ、今後、祭りは行われなくなるかもしれない。
そうなったら活気は失われ、この地を覆う神気は弱まる。
病や災禍、そして呪詛。様々な姿形をした鬼どもが、怪異たちが一斉に押し寄せてくるだろう。
だけど、そんなことは私の知ったことじゃない。みんな、それぞれが好きなようにすればいい。暴れたいなら暴れるがいい。
そう心を決めた途端、喉を蝕むようにして乾いた笑い声が漏れ出た。
あぴゃぴゃぴゃぴゃ。あぴゃぴゃぴゃぴゃ。あぴゃぴゃぴゃぴゃ。
あぴゃぴゃぴゃぴゃ。あぴゃぴゃぴゃぴゃ。あぴゃぴゃぴゃぴゃ。
私は笑った。笑い続けた。
自分の物ではない、笑い声で。
「――あ、あのミサキさん……?」
背後から呼びかけられた。
少し内気で、おっとりとしたいかにも女の子でございますといいたげな儚げな声。気まずく困惑しているような雰囲気を醸し出しながらも、こちらを気遣っていることがひしひしと伝わってくる。
「ああ、来てくれたんだ……」
ベンチに腰を下ろしたまま、私は首を巡らせ――笑いかけた。
込み上げる激しい嫌悪感を懸命にこらえながら。
「本当にごめんなさいね。いろいろ迷惑をかけた上、わざわざ迎えに来てもらって」
そこに立っていたのは、どこにでもいそうな、それこそ平凡が服を着て歩いているような小娘。敢えてションベン臭い、と言う形容詞句をつけないのはせめてもの情けだ。
ここ、童ノ宮の氏子総代の子供で、御祭神のお気に入りらしいが、本人は別にナニモノでもない。もっと言うならチビでやせっぽっちのみすぼらしいただのメスガキ。
しかも、本人から聞いた限りでは私以上の元毒親持ちと来ている。
「……あの、ミサキさん」
おずおずと小娘が言う。
「退院して来たって言うてたけど……、そんなに早くで大丈夫なん?」
大丈夫なん? じゃねぇよ。
大丈夫なわけねぇだろ。むしろ、お前がこれから大丈夫じゃなくなるんだよ。なのに、それなのに。苦虫を噛みつぶしたような顔になりそうになるのを耐えつつ、私は言った。
「ありがと。だけど、そんなに気を遣わないでいいって。……ずっとそんな感じじゃ、あなたのほうこそ疲れちゃうでしょ」
だからだ。そう、だからなんだ。
だから、私はお前と初めて出会ったあの時から――
私はお前が大嫌いだ、塚森キミカ。
コメント
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ミサキさんの狂気と哀しみが同居した語り、すごく引き込まれました。元女優って設定が生きてて、「他人をだますのは得意」と言いながら自分を偽る痛々しさがリアル。出刃包丁買う時のご主人との会話も不気味で好きです。キミカへの嫌悪と執着の裏に何があるのか、次が気になる~!