翌日、瑠璃子は朝から仕事だったので車で職場に向かった。
病院の職員駐車場へ入った瑠璃子は昨日大輔に教わった通り慎重に車を停める。
するとなんと車は一発で白線内に綺麗に停まった。
「よしっ」
瑠璃子はガッツポーズをしてから車の外へ出るとご機嫌な様子で病院内へ向かった。
そんな瑠璃子の様子を4階の医局から大輔が見ていた。
(おっ、バッチリみたいだな)
思わず大輔は微笑む。そしてすぐに携帯を取り出し瑠璃子へメッセージを送った。
【Good job!】
大輔が携帯をポケットへしまうと、長谷川が傍へ来て駐車場を覗き込んでから言った。
「あれ? あのピンクの車、今日はきちんと停まってるな」
「はい、これでやっと曲がっているのが気にならなくなりますね」
大輔はもう一度微笑むとコーヒーを一口飲んだ。
その頃ロッカールームにいた瑠璃子は携帯がブルブル震えるのに気付いた。
携帯を見ると大輔からメッセージが届いていたので瑠璃子はすぐに見る。
メッセージを確認した瑠璃子は満面の笑みを浮かべ、
「よっしゃあっ!」
と言ってガッツポーズをした。それに驚いた同僚が瑠璃子に聞く。
「どうしたの?」
「あっ、ううん、なんでもないわ」
瑠璃子は笑ってごまかすと着替えを始めた。
そしていつものように病棟での一日が始まる。
瑠璃子が担当する病室にはこの日朝一番で退院する患者がいたので、瑠璃子は退院の手続きをした後患者をエレベーター前で見送った。元気になって退院していく患者を見送るのは何度経験しても嬉しい。
見送りを終えると今度は同僚とペアを組んで病室の清掃や消毒を済ませ新たな患者を迎え入れる準備をした。
このベッドには明日新しい患者が入院する予定だ。
病室での雑務を終えてからナースステーションへ戻った瑠璃子は先輩の木村から届け物を頼まれる。
「瑠璃ちゃん、これ外科の玉木さんに持って行ってもらってもいい?」
「あ、はい」
瑠璃子は書類を受け取るとすぐに4階のナースステーションへ向かった。
外科のナースステーションへ行くと白衣を着た大輔が奥のパソコンで患者のデータを見ていた。
瑠璃子はなるべくそちらを見ないようにしながらカウンターにいた看護師に用件を伝える。
「お疲れ様です。これ玉木さんへお願いします」
「ありがとう。ご苦労様」
外科の看護師はニッコリ笑って書類を受け取った。
瑠璃子は軽く会釈をしてから今来た廊下を戻り始める。その時突然大きな声が響いた。
「あれ? あなた、この間の……」
廊下にいた男性が急に瑠璃子に話しかけてきた。
突然大きな声で話しかけられた瑠璃子は驚いて声の方を振り向く。するとそこには30代後半のスーツ姿の男性が立っていた。
男性に全く見覚えのない瑠璃子は戸惑う。すると男性が言った。
「ほら、先月羽田発新千歳行きの飛行機の中で人命救助をした…あの看護師さんですよね?」
「あ、ええ、はい…」
「うわぁ、やっとお会いできました! 僕、製薬会社のMRなのでいつかお会いできるかなーって思ってたんですよー」
男性はニコニコしながら名刺を差し出す。
この男性は瑠璃子と大輔が人命救助をした機内に偶然乗り合わせていた製薬会社に勤務する加藤(かとう)という男だった。
しかし瑠璃子は全く見覚えのない男性に対し気の抜けた返事しか返せない。
「はぁ…」
すると瑠璃子の名札を見た加藤が再び言った。
「村瀬瑠璃子さんと仰るんですね。もしよろしかったら今度お食事でもいかがですか?」
加藤がいきなり食事に誘ってきたので瑠璃子は驚く。
その時瑠璃子の背中に何とも言えない強い視線を感じた。瑠璃子が慌てて後ろを振り向くとナースステーションにいた全員が固唾をのんで瑠璃子達の事を見守っている。その中にはもちろん大輔もいた。
皆に注目されている事を知った瑠璃子は顔を真っ赤にしながら慌てて言った。
「すみません、今勤務中ですので」
瑠璃子は加藤に深々とお辞儀をすると、逃げるようにその場を後にした。
一人残された加藤はしばらくの間瑠璃子の後ろ姿を見つめていたが、
「ハハッ、俄然やる気が出てきたぞ!」
そう呟くとエレベーターの方へ歩いて行った。
加藤がエレベーターに乗り姿を消した瞬間ナースステーションは大騒ぎになる。
「あの男やるわねぇ」
「ほんとほんと、今後の展開が楽しみー」
「さっきの人東京から来た村瀬さんだよね? キャーッ、二人は一体どうなるのー?」
看護師たちのヒソヒソ声は大輔の耳にも伝わっていた。
もちろん院内拡声器の玉木も皆と一緒に興奮していた。
そんな中、大輔だけが不機嫌な様子で医局へ戻って行った。
一方瑠璃子は階段を上がりながら怒りを込めて呟く。
「みんなが見ている前で誘うなん最低っ! ああいうデリカシーのない人は苦手だわ」
しかし5階のナースステーションへ戻った時には加藤の事などすっかり忘れ、瑠璃子は仕事の続きを再開した。
そして昼休みになると瑠璃子はいつものベンチで弁当を食べていた。
だいぶ気温が下がってきたのでここでのランチもそろそろ限界だろうと思っていると、大輔が売店で買った弁当を持って瑠璃子のベンチまでやって来た。
瑠璃子は慌てて立ち上がると昨日のお礼を言う。
「昨日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。それより今朝の駐車は上手くいきましたね」
「はい、一発で停められました。先生の指導のお陰です」
「ハハッ、なら良かったよ」
大輔は少し照れたように笑うと瑠璃子の隣に座り弁当を食べ始める。
そして瑠璃子に聞いた。
「さっきの人は?」
「え?」
「いや、さっき4階のナースステーションの前で話していた男性」
そう言われて瑠璃子はやっと思い出す。
「ああ、あの人は私達が救命処置をした飛行機に偶然乗っていたみたいです」
「そうでしたか」
「製薬会社のMRをしていると言っていましたから先生の所にも来るかもしれませんよ」
「MR…そうなんだ……」
「それより先生、今日はちゃんと『文章』で会話をしていますか?」
瑠璃子が茶化してたので大輔は苦笑いをする。
「いや、なかなか急には変えられないなぁ…」
「えーっ? そんなんじゃ駄目ですよー。私、今度また外科病棟に行ったらちゃんとチェックしますからね」
「ハハッ、参ったなぁ…」
大輔は困ったように笑った。
その時裏庭の脇にある渡り廊下を院内拡声器の玉木が歩いて来た。
玉木は大輔と瑠璃子が弁当を食べながら楽しそうに会話しているのを見て足を止めて驚いていた。
玉木はしばらく二人の楽しそうな様子を見つめた後、穏やかな笑みを浮かべながら静かにその場を後にした。
コメント
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大輔先生、やきもち....🤭ウフフ 瑠璃ちゃん、モテるから 早く つかまえちゃった方が良いね~😁
大輔先生の指導のおかげで車の駐車も上手になって良かったね😊 いくら機内での出来事を見ていたからといって、いきなり食事に誘う? 瑠璃子ちゃんには、大輔先生がいるんだからやめて〜って思っちゃった。 玉木さんに2人を認められたような感じだから、次に誘いに来ても玉木さんがうまくかわしてくれるのを期待しちゃいます😊
大輔先生、早くしないと瑠璃子ちゃんに変な虫が付きまとうわよ! しつこいのは嫌いみたいだから、タイミング良くみて( ≖ᴗ≖)ニヤッ 可愛い子だもん♥️グズグズしてらんないね💕︎( *´艸`)