11月に入り岩見沢は朝晩だけでなく昼間もだいぶ冷え込むようになっていた。
本格的な冬はもうすぐそこまで近づいている。
瑠璃子は11月から食堂で弁当を食べるようになっていた。その事は大輔にも連絡済みだ。
この日の昼休みも瑠璃子は食堂で弁当を食べていた。
たまに時間が合えば先輩の木村や同僚達と一緒に食べる事もあるが、シフトの関係でどうしても一人で食べる事が多い。
今日も瑠璃子は食堂の壁際の席に座って一人で食べていた。
そこへ一人の男性が近づいて来た。その男性はこの間瑠璃子を食事に誘った製薬会社の加藤だった。
加藤は瑠璃子の傍まで来て言った。
「やっと見つけましたよ。あれから全然お会いできないのでヤキモキしていました」
加藤はそう言うと瑠璃子の隣の椅子を引き出し瑠璃子の方を向いて座った。
(ハッ?)
間近に座った加藤に瑠璃子は困惑する。しかし全く気にする様子もなく加藤は続けた。
「まだお返事を聞いていませんから」
「え? 返事って?」
「一緒にお食事する件です」
加藤はけろっとして言ったが瑠璃子には迷惑以外のなにものでもない。
「その件は、すみませんがお断りします」
瑠璃子はきっぱりと断った。
なぜ自分が見ず知らずのこの男といきなり食事に行かなければならないのだろう?
瑠璃子は図々しい加藤に対し怒りにも似た気持ちが湧き上がってくる。
元々瑠璃子はしっかり者の気が強い性格なので自分の意見ははっきり言えるタイプだ。
だからこういう時にも躊躇なく断る事が出来る。
それに瑠璃子は加藤のようにこちらの気持ちを考えずに一方的に自分の意見を押し付けてくるタイプが一番嫌いだった。
だからはっきりと断る。
しかし加藤も相当しぶとかった。
瑠璃子にきっぱりと断られても動じる様子がない。むしろ瑠璃子の気の強さを気に入っている様子だ。
その後も加藤はどうして自分と食事に行ってくれないのかとしつこく瑠璃子に迫る。
あまりにもしつこい加藤を見て近くにいた職員達は瑠璃子に同情の目を向けていた。
そこには大輔の同期の佐川医師もいたが、佐川は瑠璃子に助け船を出した方がいいのかどうかを悩んでいるようだ。
あまりにもしつこい加藤にほとほと嫌気がさした瑠璃子は、更にきつくきっぱり言い返そうと思い仕方なく口を開いた。
その時突然低い声が響く。
「ここ、いいかな?」
瑠璃子が顔を上げるとそこにはトレーを持った大輔が立っていた。
瑠璃子はホッとしてすぐに返事をする。
「どうぞ」
大輔はテーブルにトレーを置くと瑠璃子の向かいに座った。
そして大輔は加藤に向かって言った。
「彼女にしつこくするのはやめていただけませんか?」
その低い声には有無を言わさない強い力がこもっていた。
加藤は一瞬ムッとした顔をしてから大輔に言った。
「失礼な! しつこくなんてしていませんよ! あなたこそ一体何なんですか?」
「僕はあの日機内で彼女と一緒に救命処置をした者です」
大輔はそう告げると今度は意味深に言った。
「あの日は彼女との旅行の帰りだったので…」
途端に加藤の顔はひきつる。予想外の事を言われたのでかなり動揺しているようだ。
「……そういう事でしたか。それは大変失礼いたしました」
加藤はガタンッと音と立てて椅子から立ち上がると、一礼をしてから逃げるように食堂を後にした。
加藤の後ろ姿を見ながら瑠璃子は思わず笑いがこみ上げてくる。
「先生、助かりました。ありがとうございます」
「いや、困っているみたいだったから」
「あまりにもしつこいので私もブチ切れる寸前でした。その醜態をさらさずに済んだので助かったー」
瑠璃子はペロッと舌を出して微笑む。
「その醜態とやらを見てみたかったなぁ」
「フフッ、私が怒ると怖いですよー」
「それはまずいね」
そこで二人は声を出して笑う。
「ところで先生、さっきの話ですが私達はどこへ旅行に行った設定ですか?」
「うーん、東京観光?」
「東京には実家があるからそれは旅行じゃありませーんっ!」
瑠璃子が嘆くように言ったのでまた大輔が声を出して笑った。
「じゃあどこかなぁ? ところで僕はちゃんと『文章』で話せていたかな?」
その問いに瑠璃子がクスクスと笑い出す。
「はい、完璧でした」
瑠璃子は笑いながら続けた。
「次は『起承転結』を頑張りましょう」
「ハハハ、参ったな」
大輔がいつもの口癖を言ったので今度は瑠璃子が笑った。
そんな二人の楽しそうな様子を見て周りの職員達があっけにとられている。あの『デスラー』が普通に会話をして笑っているのだ。驚くのも無理はない。
近くにいた佐川も大輔が笑顔で瑠璃子と話しているのを見てかなり衝撃を受けている様子だった。
その日仕事を終えた瑠璃子は職員駐車場へ向かった。
日が暮れる時間はどんどん早まり外はもう真っ暗だ。気温も徐々に低下している。
(もうそろそろダウンにしないと)
薄手の上着の襟元を抑えながら瑠璃子は急いで車に乗り込んだ。
帰りはいつものスーパーへ寄ってから帰った。
先にシャワーを浴びて一息つくと夕食の支度を始める。今日は簡単な親子丼でも作ろう。
瑠璃子は親子丼と味噌汁、そして茹でて冷蔵庫に入れていたほうれん草で胡麻和えを作ってから食べ始める。
食事を終えるとお茶を飲みながら右手でノートパソコンを引き寄せ電源を入れる。
ここ最近忙しくて『promessa』の小説を見ていなかった。おそらく新たに3話くらい更新されているはずだ。
瑠璃子はワクワクしながら小説投稿サイトを開いたが『promessa』の小説は一話も更新されていなかった。
こんな事は初めてだった。『promessa』は忙しいのだろうか?
瑠璃子はがっかりしながらエッセイを覗いてみた。
するとエッセイは一つ更新されているようだったのですぐにエッセイを読んでみる。
『記憶』
僕は遠い記憶を思い出す
夏空に流れゆく入道雲
燦々と降り注ぐ日の光
賑やかに咲き乱れるラベンダーの花
遠い記憶はいつしか思い出に変わる
そして新たな記憶が刻まれる
澄み切った秋空のブルー
赤、黄、橙の街路樹
厳しい冬を前に精一杯咲き誇る薄ピンク色のバラ
新たな記憶はいつしか遠い記憶となりまた思い出に変わりゆく
そして僕らは新たな記憶を刻む
永遠に刻もう 幸せの記憶を
エッセイを読み終えた瑠璃子は心がジーンと熱くなった。
彼のエッセイを読んで目に浮かんだのは先日大輔に連れて行ってもらった場所だ。
ワイナリーで見上げた青く澄み渡る空、車窓から見た色とりどりの街路樹、そしてバラ園に咲く可憐なバラの花々。
その時瑠璃子は自分が見た景色が『promessa』の詩と重なる部分が多い事に気付いた。
同じ北海道にいるから季節感が一緒なのだろうか?
同じ北の大地にいるから似たような風景を眺めているのだろうか?
彼は意外と近くに住んでいるのかもしれない……瑠璃子はふとそんな気がしていた。
コメント
17件
大輔、加藤からバッチリ 瑠璃ちゃんを守りましたね~😆👍️♥️ プロメッサさんは やっぱり....🌹🍁🥰💕💕
これをしつこくないとするならば、何を「しつこい」というのだろう。て、歌はなかったな。
もしかして作者は大輔先生?