CEO室を後にした奈緒は、まだ心臓がドキドキしていた。
突然省吾の膝の上に座らされ、間近で省吾の顔を見たらきっと誰でも同じ反応をするだろう。
息がかかるほどの距離で見た省吾の顔は、とても端正な顔立ちをしていた。それは想像以上だった。
今思い出してもドキドキしてしまう。
(はぁー……マズい……なんかクラクラする……)
奈緒の足取りは心なしかフラフラしていた。
しかしこのまま秘書室へ戻ると鋭い二人に何かあったと気付かれてしまうので、奈緒はドアを開ける前に何度も深呼吸をする。そしてなんとか心を落ち着かせようとした。
少し落ち着いたところで、思い切って秘書室のドアを開けた。
するとすぐに二人の声が飛んで来る。
「奈緒ちゃん遅かったじゃーん」
「あーっ、それってもしかして北海道のお土産?」
「あ、はい。これ全部秘書室にって」
そこで恵子が袋の中を覗いた。
「もしかしてこっちの三つは私達個人にかな?」
「はい」
「うわー、深山さん気が利く~、やったね」
「私このお菓子好きなんだよね~。ホワイトチョコが美味しいんだもん」
奈緒は先輩達に何も気付かれなかったのでホッとしていた。
しかし鋭いさおりがこう言った。
「このお菓子はカモフラージュね」
「カモフラージュ? なんですかそれ?」
「それはね、奈緒ちゃんだけを特別扱いしたら私達が怒るから、その対策用のカモフラージュなのよ」
「あーなるほどー。愛する可愛い秘書が、鬼のような先輩秘書にいじめられたら困るからだー」
思わずドキッとした奈緒は、慌てて言った。
「そ、そんな事ないですよ。秘書のみんなには日頃お世話になっているからって……」
「いーのいーの、カモフラージュでも何でも。私達の事まで気にかけてくれるなんてさ……やっぱ愛の力は大きいわよね~~~」
「確かに! 深山さんは以前からわりと気遣いのある上司だったけど、まさかここまでしてくれるなんてねー、やっぱり意味があったんですねー」
「そうそう、そういう事! で、奈緒ちゃんは彼に何をもらったのかな? 私達に見せなさーーーい」
さおりは奈緒が右手に持っている小さな袋に気付いていた。
「あっ……はい……」
そこで奈緒は諦めたように袋から『降るリン♪』を出すと、二人に見せた。
そのマスコットを見た途端、二人が同時に叫ぶ。
「「降るリン♪だーーーー!」」
「キャーッ! 可愛いっ!」
「モフモフ~、なによそれ可愛過ぎでしょう?」
二人は興奮して叫んだ。
「アノ深山さんが空港で『降るリン♪』を買っている姿を想像するだけで、激萌えなんですがー」
「あいつがキャラクター商品を買う姿なんて想像できないよー。もしかして北海道に行って中の人が入れ替わっちゃったとか?」
さおりの言葉に奈緒は思わず「プッ」と噴き出す。
「でもなんで『降るリン♪』を奈緒ちゃんのお土産にしたんだろう?」
「なんか私に似てるから買ったんですって。似てます? 似てないですよね?」
するとさおりと恵子が口を揃えて言った。
「「似てるーーー!」」
二人にもそう言われ、思わず奈緒は頬をプクッとさせて反論した。
「似てませんよー」
「いやいや似てるって! 色白で目はパッチリ、どことなくふんわりモフモフした雰囲気が超似てるよ。なるほどねー」
「ひゃーっ! 想像してみて下さいよ、あの深山さんがこれを買ったんですよ? 超イケメンCEOが真顔でこれを持ってレジのおねーさんのところへ買いに行った姿を想像してみて下さいよ。そりゃあもう萌え萌えキュンキュンし過ぎでしょう? キャーッ、なんだかんだラブラブ光線出まくりじゃないですかーーー!」
「ほんとほんと。出まくってるよねー」
(そうなのかな?)
奈緒はそう思う。
「奈緒ちゃんいいなー、そんなに思われるなんて! 私もカレシに『君に似ていたからつい買っちゃったよ』って言って何かもらいたいな―! それだけでキュンキュンしちゃいそうー」
「あーーー私も言われたいっ!」
大盛り上がりの二人を見ながら、奈緒はボソッと呟く。
「まあ可愛いからいいんですけど……」
奈緒は早速バッグに『降るリン♪』をつけてみる。
フワフワモコモコの『降るリン♪』は、奈緒のベージュのバッグにしっくりと馴染んだ。
その日の昼休み、秘書室三人は秘書室にある丸テーブルで昼食を食べていた。
そこで奈緒は、先週の帰り際に起こった事を二人に話した。
話を聞いた二人は、信じられないといった顔をして驚いている。
「嘘でしょう? なんかショック! だって三上さんって言ったら『白馬の王子様』なのよ? そんな人が、なんでよりによってCEOの彼女に? 三上さんって頭はいいはずなのに、そういうところはちょっと馬鹿なの?」
恵子が嘆くように言うと、さおりが落ち着いた声で言った。
「やっぱりねぇ」
「えっ? やっぱりってどういう事ですか?」
「本性が出ちゃったのね」
「本性? さおりさん説明して下さいっ!!!」
「私も聞きたいです」
「三上君ってさぁ、若い女子には人気だけど、私くらいの年齢が高い層には不人気なんだよね」
「そうなんですか?」
「どうして?」
「うーん、なんて言ったらいいんだろ? 策略家? 計算高い? 人を利用する? そんな感じかなぁ? とにかく色々経験してきたオバサン達には透けて見えちゃうわけ」
「えーっ? それだけじゃわからないですぅ。具体的に言って下さいよー」
「うーんそうだなぁ、例えば相手によって態度を変えたりっていうのはよく見るわね。取引先の大手には愛想はいいんだけど、下請けの小さな会社には横柄だったりね。社内の人に対しても、上司や女子には愛想がいいけど、ライバル的な存在には手厳しいみたいな? 結構そういう話は耳に入るわよ」
「えーっ、そうなんだぁ。私はいつも爽やかで親切な三上さんしか見た事ないです。書類を持って行っても感謝されるし」
「私も普通に親切な人っていうイメージでした」
「そこがねあなた達はまだ甘ちゃんなのかな? 私くらいの年齢に全部見えちゃうわ。あ、あとね、これはあくまでも噂だから真偽のほどは定かではないんだけど、一応話しておこうかな?」
「「聞きたいですっ!」」
「三上さんは以前名取美沙を狙っていたらしいわ。でも美沙は省吾に夢中だったでしょう? だから三上さんは全然相手にされなかったの。もしかしたらその腹いせに、奈緒ちゃんにちょっかいを出しているのかもしれないわ。だから奈緒ちゃん、くれぐれも気をつけなさいよー」
「はい」
そこで恵子がさおりに聞いた。
「でもなんで三上さんみたいにモテる人が美沙みたいな腹黒女を狙うの? わざわざ美沙なんかに行かなくても、他にも容姿端麗な才女がいっぱいいますよね?」
「そこはさっき言ったでしょう? 策略家で計算高い男が狙うものと言えば?」
「「花菱電機!」」
「ピンポーン!」
「なるほど、そういう事か~!」
恵子の言葉に奈緒も頷く。
しかし恵子は不可解な顔をして更に恵子に聞いた。
「でも三上さんはエンジニアでしょう? 花菱電機の社長っていうイメージは違うかなーって思いません? どっちかっていうと、三上さんは深山さんを追い越したいと思ってるイメージでしたけど。だったら花菱電機の社長の座なんかで満足するとは思えないんだけどなぁ」
「確かにね。でも、もし彼が省吾みたいに独立して会社を起ち上げるとしたら? 何が必要?」
「お金……ですか?」
「そういう事!」
そこで奈緒と恵子は絶句する。
「いやらしいーーー、それにあざといわぁ」
「フフッ、しょせん自分の事しか考えてない人間なんてみんなそんなもんよ。だから奈緒ちゃん、本当に気をつけてよ。プライドがエベレストみたいにツーンと高い男は何をしでかすかわからないんだから」
「はい、充分気を付けます」
「何かあったらすぐ言いなさいよ」
「そうそう、自分だけで判断しないですぐ私達に言ってね」
「ありがとうございます」
奈緒は二人のあたたかい言葉に、感謝の気持ちでいっぱいだった。
コメント
16件
さおりさん 人生経験豊富ですね 秘書室のお姉様どうか奈緒ちゃんを守ってくださいね
さおりさんはなんでもお見通しだね。 残念三上クンは見る人が見ればうすっぺりさが如実ってこ事だ。
秘書課ネットワークさすが🤭 しかも三上の本性見抜かれてる😂美沙とはお似合いのような😅 お姉様方〜奈緒ちゃんを頼みます•̀.̫•́✧💕