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ドアが開いて、ため息が一緒に入ってきた。
「はー……」
「今日は挨拶省略か」
「今それどころじゃない」
相談者は椅子に倒れ込むように座り、天井を見上げた。
「楽しかったんだけどさ」
「それはよかった」
「よくない」
「どっちだ」
「“そのあと”が最悪」
蓮司は黙ってペンを置く。
「帰り道でさ。 急に落ちる」
「何が」
「気分」
「理由は?」
「ない」
「一番やっかいだな」
相談者は笑う。
「だろ?
さっきまでゲラゲラ笑ってたのに、家のドア閉めた瞬間、“あ、無理”ってなる」
「よくある」
「即答すんな」
「現象としてな」
少し間が空く。
「楽しかったんだよ。嘘じゃない」
「うん」
「でも楽しかった分、反動みたいに来る」
「何が来る」
「……空っぽ感」
言葉を探すように、視線が揺れる。
「俺さ、ああいう時間が欲しかったはずなんだよ」
「だな」
「なのに終わると、余計に一人がでかくなる」
蓮司は窓の外を一瞬見てから言った。
「それ、楽しさが悪いんじゃない」
「じゃあ何」
「“切り替えが急すぎる”」
「どういう」
「場にいる自分と、一人の自分が、全然繋がってない」
「……」
「笑ってる時は全力で外向き。
一人になった瞬間、内側に急ブレーキ」
「首もげるわ」
「だろ」
相談者は苦笑する。
「俺、楽しい時間の中にいる時、自分のこと考えてない」
「考える暇ないだろ」
「その分、後で一気に来る」
「溜めてる」
「溜めてるな」
沈黙。
「なあ」
「何」
「楽しい時間のあと、すぐ何かしてるか?」
「風呂直行」
「一人だな」
「悪いか」
「悪くない」
蓮司は続ける。
「ただな、急に一人になると」
「うん」
「感情の音量、上がる」
「静かだから?」
「そう」
「それで落ちる?」
「落ちるというか、聞こえすぎる」
相談者はしばらく黙ってから言った。
「……俺、あの楽しい時間が終わるの、ちょっと怖いのかも」
「ほう」
「終わるって分かってるから、全力で使い切る」
「燃え尽き」
「そう」
蓮司は肩をすくめた。
「楽しさに問題はない」
「でも落ちる」
「なら、楽しさの“余韻”を作れ」
「余韻?」
「急にゼロに戻るな」
「具体的に」
「帰り道で音楽一曲聴くとか」
「それだけ?」
「それだけでいい」
「しょぼ」
「しょぼいのが効く」
相談者は考える。
「楽しかった自分を、すぐ切り捨てない感じか」
「そう。一人の時間に、ちゃんと連れて帰る」
「……それ、いいな」
少しだけ表情が緩む。
「俺さ」
「うん」
「落ちるのって、ダメなことだと思ってた」
「違う」
「?」
「ちゃんと楽しめてる証拠」
「救い方うまいな」
「事実だ」
立ち上がりながら、相談者が言う。
「じゃあ次、帰り道に一曲な」
「音量注意」
「そこは自己責任」
ドアの前で振り返る。
「楽しい時間のあと、落ちるの、完全にはなくならないよな」
「なくならない。でも」
「でも?」
「落ち方は選べる」
相談者は小さく笑った。
「それなら、今日はマシだ」
ドアが閉まる。
楽しさは、終わったあとにどう扱うかで、 味が変わる。