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#親子愛
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展示会当日の朝、会場へ運び込む荷物の確認で、全員がばたばたしていた。
「台車、そっちじゃなくてこっち!」
「ヒューバートさん、その布は展示用です、私物じゃないです!」
「え、私物にしたいくらい素敵って意味だけど?」
「今は褒め言葉に聞こえません!」
ペトロニオが笑いながらガムテープを投げ、レリヤがそれを片手で受け取る。
ディトは箱の位置を無言で直し、エマヌエラは全員の動線をまとめ直していた。
その喧騒の中で、ルチノだけが妙に静かだった。
「どうしたの」
荷札を貼りながら、クリストルンが聞く。
「別に」
「別に、の顔じゃない」
「顔に出てるか」
「すごく」
ルチノは観念したように息を吐いた。
「展示会が終わったら、話したいことがある」
「急に重い」
「重くしたいわけじゃない」
「じゃあ軽く言って」
「軽く言える内容なら、こんな顔してない」
その返しがあまりにも真面目で、クリストルンは思わず笑ってしまった。
けれど笑ったあと、胸の奥が少しだけ熱くなる。
「それ、怖いやつ?」
「たぶん怖くはない」
「たぶん?」
「俺にとっては、結構勇気がいる」
「……そっか」
箱を抱えたまま、二人とも少し黙る。
周りは騒がしいのに、その一角だけ音が薄くなるようだった。
ルチノは視線を外したまま言う。
「でも、今は完成が先だ」
「うん」
「今日ちゃんと形にして、そのあと話す」
「分かった」
それだけの会話なのに、妙に手元が落ち着かなくなる。
荷札の角が少し曲がってしまい、クリストルンは貼り直した。
「なあ」
今度はルチノが呼ぶ。
「なに」
「逃げるなよ」
「どっちが」
「俺が話す前に、おまえが仕事の話で全部流す可能性がある」
「……あるかも」
「あるのか」
「あるね」
ルチノが珍しく眉を寄せたので、クリストルンは小さく吹き出した。
「でも、逃げない」
「本当か」
「本当。たぶん」
「おまえもたぶんを使うな」
そのやり取りだけで、少し息がしやすくなる。
会場行きの車に荷物を積み込みながら、クリストルンはそっと胸に手を当てた。
今日が終わったら。
その先のことを考える余裕なんて、今まではなかった。
父のこと、玩具のこと、会社のこと。走る理由はいくらでもあったのに、誰かと並んでその先を考えることだけは、ずっと後回しだった。
ルチノは最後の箱を積み終えると、振り向いて短く言った。
「行こう」
「うん」
返事はそれだけ。
けれどその一言の中に、今日を越えた先の時間が少しだけ含まれている気がした。
まだ告白ではない。
名前もつかない、手前の場所。
それでも、未来の気配はもう、はっきりそこにあった。